君の抜け殻
何かが勢いよく倒れたような物音に火神は目を覚ました。
「……あー、なまえさん、来たのか」
あくびをしながら玄関を確認しに行けば、無造作に脱がれた靴と適当に置かれた鞄が転がっている。
視線をずらせば、廊下にジャケットが脱ぎ捨てられ、洗面所の入り口にはスラックスが丸くなっていた。
リビングまで、他の衣服もそこかしこに転がっている。
「あー、またやってる…。…なまえさーん?抜け殻、勝手に回収するからなー」
なまえが居るであろうリビングに声を掛けても、なまえからの返事が返ってくる気配はない。
溜息をつきながら、手近な“なまえの抜け殻”から回収していく。
火神の家に入り浸るようになった最初の頃は衣服を脱ぎ捨てていくなんてことをなまえはしなかったが、恋人として仲が深まっていくたびに、何かの箍が外れたかのように、疲れ果てて火神の元へ来た時は、ぽいぽいと服を脱ぎ捨て、どこかしらで寝落ちしていることが多くなっていった。
一度火神が理由を尋ねるとなまえは何でもないことのように、「俺、裸族というか、すっぱかパンイチが落ち着くんだよな」などと言ってのけた。
自分の居場所だと思った場所では脱ぎたい気持ちが強いらしく、火神の部屋が自分の居場所だと思ってくれたことは嬉しくもあるが、湧き上がる性欲を我慢しなければならない日の方が多いのが辛かった。
「……なまえさん?」
ジャケットとスラックスをハンガーに掛けながら返事のないなまえに首を傾げる。
いつもならば、何も身につけてないなまえがふらふらと姿を見せる頃だ。
「なまえさん…?」
リビングの明かりをつけると、パンツ一丁のなまえが右腕だけソファーに預ける体勢で床に転がっていた。
気持ちよさそうに寝息を立て、薄い胸が上下に動いている。
そしてそんななまえの足元には、以前はなまえが土産として買ってきた小さめのトーテムポールが転がっている。
火神が目を覚ます原因となった音のは、おそらくこれが倒れた時の音なのだろう。
「なまえさん、そんな格好で寝てたら風邪ひくぞ」
そう声を掛けても目を覚ます様子はなく、呼吸のたびに胸が上下しなければ、作り物にも思えただろう。
部活でバスケをしている火神とは違い、なまえの身体は筋肉質とは程遠い、白く凹凸の少ない身体つきで、それが一層人形のようだと火神は思った。
「なまえさん、」
軽く肩を掴んで揺らしながら名前を呼べば、なまえは薄っすらと目を開け、茶色の強い瞳を火神に向けた。
目を覚ましたばかりのなまえの瞳は、服と一緒になまえという存在も脱ぎ捨ててしまった抜け殻のようで、見るたびに何とも言えない感情に襲われる。
そのまま今のなまえを暴き立てたい衝動と、見知らぬ生き物のようで触りたくないと感じる嫌悪感。
それ以外にも色々と思うことはあるが、そんななまえの瞳が好きでもあり、嫌いでもあった。
「タイガ…」
ゆっくりと瞬きをして、ふにゃりと笑ったなまえは火神の名を呼んでするりとその首に腕を回した。
「ただいま…」
「おかえり。ってか、おい、また寝るな…!」
「んんー、」
再び眠りにつこうとするなまえを抱え上げ、火神は溜息をついた。
「ベッド連れてくぞ」
「頼む…」
眠たそうに目を擦りながら火神を見上げたなまえはへらりと笑い、火神は呆れつつもなまえをベッドまで連れて行った。
「んじゃ、おやすみ」
「んー、」
なまえの横に寝転んで、軽くなまえの額に口付けを落とせば、なまえはくすぐったそうに笑い、火神の胸に身体を預けた。
「おやすみ、タイガ」
そう言って再びすやすやと眠り始めたなまえを見下ろし、むらむらとする気持ちをいなしながら火神も再び眠りについた。
次の日の朝、火神の腕の中で目を覚ましたなまえは目を白黒させ、きっちり畳まれた自分の抜け殻を見つけていつものように謝り倒すのだった。
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