部誌9 | ナノ


昔の君と今の僕



「わざわざ召喚してくれたところ悪いが、俺は戦うつもりはない。そもそも攻撃手段を持たないもんでな」
召喚陣から現れるやいなや心底面倒くさそうに宣言した男は、サーヴァントという存在にしてはあまりに「普通」だった。
普通というのは纏う雰囲気の話で、彼は人智を超越した英霊という存在でありながら、妙に人間臭く親しみやすい。彼が通常のサーヴァントとは異なる、疑似サーヴァントであることを考慮しても、だ。

疑似サーヴァントは高位の英霊や、カルデアでは霊基の固定しにくい英霊を召喚する場合に、肉体ある人間を器に召喚に応じたものである。通常疑似サーヴァントの肉体の主導権は英霊側が握ると聞くが、このサーヴァントはエルメロイ?世と同じく、表出しているのは器側の人格らしい。
アーチャーのクラスで召喚された彼は、自らの真名を名乗らなかった。何故かと問えば、艶のある長い黒髪を困ったようにかき上げて「名乗るほどのものじゃない、って言ってる」と答えた。
言ってる、というのは英霊のことか。随分と謙虚な英霊のようだ。
「それじゃ、呼ぶときに困るよ」
「うーん、じゃあエディで。俺の方の名前」
へらり、笑った彼は、子供にするようにぽんぽんと頭を撫でた。サーヴァントたちは見目の良い者が多かったが、エディはそのなかでも見劣りしない美貌を持っている。けれども彼や彼に憑依した英霊の特性か、飾らないその笑顔はどこか素朴だった。

戦わない、と宣言したエディは、カルデアの一室を借りきって、そこをあっという間に花が咲き乱れる温室にしてしまった。研究施設であるカルデアの無機質さとはまるで別世界の、華やかな。部屋にこもって何をしているのかと覗いたときの、衝撃は忘れられない。
その温室で一番目を引くのは、大量の鉢に植えられた真紅のバラであった。つやめく花弁はとびきりに美しく、見ているだけで魔性に酔わされるような心地である。
新入りのサーヴァントとともに突然現れた植物園に、マリーやエリザベートといった派手好きの者の喜びようと言ったら。ネロなどエディへ熱烈に抱きついて「褒めてつかわす!」とご満悦だ。
対照的に、エミヤやエルメロイ?世はバラの世話をするエディを見るなり顔を引きつらせていた。
「エディ、君がなぜここに!?」
「まさか疑似サーヴァントか!? ありえない話ではないと身をもって知ってはいるが、しかし――」
動揺する二人をよそに、エディは「そのまさかなんだよなあ」とぼやく。
「俺も俺を選んだ英霊(ヤツ)に文句言いたいくらいだよ。ところでロード、またちょっと老けたか」
「オマエが若すぎるんだ、バカ!」
どうやら顔見知りらしい。古株二人に詰め寄られるエディを眺めていると、頼んでもいないのにエディが説明をしてくれた。
「アーチャーとは同じ聖杯戦争に関わったことがあってね。そんで、ロードとは魔術協会で懇意にさせてもらってる」
「エディは魔術師?」
「基本の魔術は修めているが、アーチャーと同じ、魔術使いだよ」
悪戯っぽい含みのある言い方だ。詳しく話せば長いということか。
エミヤとロードはエディを問い詰め、真名を吐かせようと躍起になっていた。彼らの様子からすると、この人は随分と戦いから縁遠かったようだ。まるで、カルデアに来る前の自分のように。
「しかし、英霊とはすごいんだな。俺なんぞがぼんやり生きてたら知らなかっただろうことが、当然のように識ることができる。時間とも世界とも切り離された座にあるゆえか。知りたくなかったけど」
感慨深くため息をもらしたエディの表情は、知人に会えた喜びの端に、確かな寂寥をたたえていた。
疑似サーヴァントといっても、彼自身は血の通う人間、自分の生きている世界と時間に根を下ろす存在のはずだ。

「苦労をかけるけど、これからよろしく」
せめてもと、彼と握手を交わした。これがマスターの覚悟だ。不本意な召喚だとしても、どうかその力を預けてほしい。



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