部誌9 | ナノ


うそつき



「やあ、偶然だねえ団長くん」

生暖かい風が吹く、真夜中のことである。
チカチカと瞬く街灯の下、まるで亡霊のような不確かさで、男はひっそりと立っていた。その隣にいつもいるはずの口の悪い小柄な女はいない。軽い口ぶりはグランの知る彼のままで、けれどもやはり、その輪郭はうっすらとぼやけている気がしていた。

「……一昨日ぶりだな、ドランク」

はあ、と溜め息が漏れてしまうのは仕方がない。もうこれで何度目になるかわからない。どれだけ疲れて眠っていても、真夜中になると目覚めてしまう。そうして何かに誘われるように外に出ては、こうして彼と――ドランクと顔を合わせることになるのだ。
もう呪いか何かかもしれない。何度無視しようとしても、何度睡眠を優先しようとしても、団員全員が眠りについた頃に起こされるのだ。お陰様でルリアやカタリナに目の下の隈を心配されるし、オイタすんなよ、なんてラカムやオイゲンにからかわれる羽目になった。僕なんにも悪くないのに。変なことしてる訳でもないのに。

どの島でも、どの街でも――どの空でも。ドランクは現れる。距離なんて関係ないみたいに。真夜中のグランサイファーに現れた時は密航でもしてるのかと思いもしたが、船中探してもドランクの姿はなかった。旅の途中、時折スツルム付きで日中に出会うこともあったが、その時は友好的とは言い難い態度で、この深夜の密会のことなんかおくびにも出しやしない。

一体ドランクは何がしたいんだ?
グランには、ドランクの考えなんてこれっぽっちもわからなかった。真夜中になんらかの方法でグランを叩き起こしてはこうして会ってはいるが、それだけだ。少し会話して、不意に眠くなって、気づけばベッドで眠っている。夢か何かかと思ったが、ベッドで目覚めた時点で睡眠不足だし、毎回「ドランクに真夜中に会った」という妙な確信がグランにはあった。何故なのか、グラン自身にもわからないけれど。

「お疲れだねえ、何かあったのかな?」

「お前がそれを言うのか……」

疲れてるのは睡眠不足のせいで、睡眠不足の原因はドランク以外にない。日中はグランも団長としての仕事があるし、面子もあって昼過ぎまで寝てられない。隈のできたグランを心配して睡眠をとるように団員のみんなが提案してくれるが、それに毎回甘えるわけにもいかない。このよくわからない邂逅は、確実にグランの負担になっていた。

「団長の責務ってやつは、やっぱり僕が思ってるよりずうっと辛そうだ」

頑張ってるね、なんて胡散臭い笑顔で言われても、はぁそうですねと返して終わる。頑張っているのは確かだけども、辛いと思ったことは一度もない。グランは団長なんて立派な立場に立たせてもらっているけど、わからないことがあれば相談に乗ってくれる仲間がいる。孤独では決してなかったし、一人で重い決断をする訳でもない。
それは単にグランの未熟さ故かもしれない。団員に教えを請うことは幾度もあった。至らない団長だと、グラン自身も思う。でもやっぱり団員のみんなはグランに優しいし、慕ってくれているのだと感じる。一方通行でない信頼は心地よいし、そんな信頼を寄せてくれるみんなの期待を裏切らないように努力しているつもりだ。

つまりは今のグランの環境に全く不満も負担も感じておらず、ストレスの原因として思い当たるのは目の前の男だけなのである。

「ねえ、団長くん。僕と一緒においでよ」

つらいことはなんにもないよ。嬉しいことと楽しいことだけ与えてあげる。夢を見るように、幸福で君を満たしてあげる。
だからね、ほら、この手を取りなよ。

ドランクのいつもの台詞である。まるで謳うように、ドランクはグランを誘うのだ。旅の仲間なんて捨てて、僕と一緒に行こう、と。
全くもって非現実的だ。別にグランはグランサイファーのみんなから離れたいなんて思ってない。辛いことなんてあっても稀だし、すでにこの船でたくさんの楽しいことも嬉しいことも経験している。ドランクはドランクで、スツルムと一緒に傭兵として旅をしていて――本当なら、こんなところには、いないはずで。

これは、夢だ。
夢じゃないという確信があったとしても、夢に違いないのだ。グランはいつも、そう思うようにしている。

「行かないよ」

「……そっか」

これも、いつものやりとり。
ドランクはいつものように、グランの回答に寂しそうに笑う。何度も交わしたやりとりだ。答えはとうに判りきっていただろうに。

「……じゃあ、」

いつもならここで、目が眩むような睡魔に襲われる。しかし何故か今回は、背中をこちらに向けて去ろうとするドランクの背中を、きちんと確認できていた。今までこんなこと、なかったのに。

「ねえ、ドランク。訊きたいことがあるんだ」

ならば、やるべきことは1つだ。目覚める度に思っていた疑問を、初めて口にする。

「僕の名前、わかる?」

団長くん。真夜中に出会うドランクは、決してグランの名前を口にしない。まるで禁忌か何かのように、頑なに団長呼びを通す。昼中に出会うドランクは、きちんとグランの名前を呼ぶのに。

「――、」

振り返ったドランクが、グランを視界に入れた。動揺を示すかのように揺れる瞳に、グランが映っている。グランだけが。
答えのないまま、その場で立ち尽くすだけのドランクに、グランはひっそりと溜め息を溢した。一歩、ドランクへと近づく。

「……これは、夢だよ。安心していい」

頬に触れる。触れた肌は、少しだけ冷たかった。何故だか目の端に涙が滲んでいたので、親指で目元を拭ってやる。
潤む瞳は、混乱に喘ぎながらも美しく輝いていた。その美しさに引き寄せられるように、グランはドランクのまぶたに唇を落とす。

「だから、ほら。おやすみ、ドランク」

グランの口づけによって瞼を下ろしたドランクは、そのまま幻のように消えてしまった。そうしてグランもまた、突然襲い来た睡魔のために、意識を失った。
目覚めればまた一人、ベッドの上だった。





「やっほー、グラン! おひさ〜!」

阿呆面下げて手を振ってくるドランクを思わず半眼で睨んでしまう。ようやく睡眠不足などもない快適な生活を送っているが、たまに夜に目覚めては、ベッドの上を転がり回りたくなる衝動にかられるからだ。全くこの野郎、いい加減にしろ。
ドランクは、自分が何をしたのかわかっていないらしい。いや、今回の一連の件に関してはドランクが悪いわけではないのだが、ドランクのせいにしたくなってしまうのは仕方のないことだと思いたい。無意識ってこわい。

体調を崩したせいで能力の制御がうまくできなかったらしいオネイロスは、うっかり繋いでしまったと言った。グランの夢と、ドランクの夢を。
夢を司る星晶獣であるオネイロスは、グランのことを考えていたが故に、同じようにグランに意識を向けていたドランクと同調してしまったらしい。そのせいでグランの夢とドランクの夢が繋がったのだ。どうりでいやに現実味のある夢だった。願望混じりの反応ではなく、ドランクそのものへの反応だったから。本物のドランクに近いというより、本人そのもの。

「ドランクって、僕のこと好きだよね」

「はあ? いきなり何言ってるんだい? きみ」

嫌そうな顔をしているが、それが本心ではないのだとグランは知ってしまった。だってオネイロスは言っていたのだ。グランのことを一等好いている人間の夢と、グランの夢は繋がっていたのだと。
ああ、全く。どうしてくれよう。オネイロスとドランクのせいで、こんなにも混乱した気持ちになってしまった。自分の気持ちを、自覚してしまった。

「僕は君のこと、別になんとも思ってないからね」

大人の癖に、グランより大人げない様子でそう力強く宣言するドランクを見て、思わずグランは溜め息を吐いた。

――うそつき。



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