部誌9 | ナノ


うそつき



だだだと勢いよく本丸の廊下を走る足音が響く。
台所で夕食の仕込みをしていた燭台切は、足音の軽さから審神者が廊下を走ってるのだろうと判断して包丁を置いた。

「みっただ!」

この本丸で審神者を務める少女が息を切らせて台所に飛び込んでくる。
今日は畑仕事を手伝うと言って鳴狐たちと出て行ってから、まだそんなに時間は経っていない。
休憩で水分を摂りに来たにしては剣幕がおかしいと、燭台切は不思議に思いながら審神者に視線を向け、わずかに目を見張った。

「みっただ!」
「うん。どうしたの」

今にも泣き出しそうな顔をしながら審神者は燭台切のズボンを掴み、冷蔵庫の前まで燭台切を引っ張っていく。
そして、やや神妙な面持ちで冷蔵庫のドアに手をかけ、勢いよくドアを開けて小さなカップを一つ取り出し、燭台切に突きつけた。

「これ!」
「ゼリー食べたいの?でも今はおやつの時間じゃないよ?」
「ちがう!」

カップを受け取り、審神者と視線を合わせた燭台切を審神者は睨んだ。
その理由が分かりながらも、燭台切は知らないふりをして審神者に微笑む。

「これ、なんのゼリー?」
「オレンジのゼリーだよ」
「オレンジいろのゼリー、だよね」
「うん」

頷く燭台切を見つめる審神者の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
燭台切が持つカップの中身は鮮やかなオレンジ色。
その色は“オレンジのゼリー”と聞いて思い浮かべるような、果物のオレンジのゼリーとは明らかに異なった色をしている。

「くだものじゃない…」
「うん。最初に作ったのはオレンジジュースを使ったゼリーだったけど、今は違うよ」
「にんじん」
「そうだよ。にんじんのゼリーだよ」

審神者の言葉に肯定を示した燭台切に、ぼろぼろと審神者の瞳から涙が溢れ出した。
燭台切がジャージのポケットに入れているハンカチを差し出しても審神者は受け取る気配はなく、燭台切はしょうがないなぁと笑ってその涙をそっと拭った。

「にんじん、むりやりたべさせないって、やくそくしたのに…」
「無理矢理は食べさせてないよ?ちゃんと、『今日のおやつ、食べる?』って聞いてから出してたよ」
「でも、にんじんっていわなかった…」
「食べるって言ったのは君だよ?」

燭台切の言葉に審神者はぽろぽろと涙を零し、ぎゅうと服の裾を握って俯いた。

「僕、にんじんのグラッセとか、カレーのにんじんとか、無理矢理食べさせたことあったかな?」
「……ないよ」
「このにんじんのゼリーも、無理矢理食べさせたことあったかな?」
「ないよ」

酷い言い分で審神者を丸め込もうとしている自覚はあるが、燭台切は一歩も引くつもりはなかった。

「僕はね、少しでも君が色んなものを美味しく食べてくれるようにって思って、工夫したんだ。君に、好き嫌いの少ない、格好いい大人になってもらいたくてね」
「……」
「にんじんのゼリー、美味しくなかった?」
「……おいしかった。にんじんってわからなかった」
「じゃあ、もしかしたら、もうにんじん、食べられるようになってるかもしれないね」
「しらなかったから、たべれたんだよ」

まだ涙で表情をぐずつかせている審神者は燭台切に視線を向け、燭台切はにこりと笑いかけた。
立ち上がってスプーンを取ってきた燭台切は、審神者にスプーンとカップを差し出した。

「にんじんってわかっても食べられるかな?挑戦してみる?」
「……する」

差し出されたスプーンとカップを受け取った審神者は恐る恐るといった様子でゼリーの表面をつつき、ちらりと燭台切を見た。
にこりと燭台切が笑って頷けば、審神者は決意したような表情で一口掬い、パクリと口の中に入れ、しばらくモゴモゴと口を動かしてから飲み込んだ。

「どうかな?」
「……おいしい」
「それは良かった」
「……うん」

笑いかける燭台切に審神者は少しだけ笑みを浮かべ、残りのゼリーも綺麗に平らげていった。
その様子を燭台切は目元を和ませ、審神者に見えない位置で小さくガッツポーズをし、審神者の向こう、廊下に軽く視線を向けてから審神者に視線を戻した。

「ねぇ、みっただ」
「うん?」
「きょうのゆうごはん、にんじんはいってる?」
「入ってるよ」
「じゃあ、がんばる」
「大丈夫。君なら食べられるよ」
「ん」

決意した表情の審神者に燭台切は飛び切りの笑顔を向け、そっと審神者の頭を撫でた。
そんな燭台切の手を取って、持っていたスプーンとカップをその手に握らせ、審神者は廊下へと飛び出していった。

「どこ行くの?」
「はせべのとこ!」

台所から投げかけた燭台切の言葉に振り返って答えた審神者は笑顔でそう言い、ばたばたと廊下を走って行く。
審神者の表情には、早く長谷部に褒めてもらいたいという感情が溢れていた。
自分ではダメなのかと燭台切は奥歯を噛みつつ、それぞれの役目を思い出して堪えた。

「廊下は走ったらダメだよー」
「はぁい」

台所から顔を出して注意する燭台切に審神者は返事を返し、ばたばたと足音をさせたまま角を曲がっていった。

「さて、と。鳴狐くんかな?お供くんの方かな?」
「私めの責任でございますっ」

入口のすぐそばで野菜の入った籠を持ったまま隠れるように立っていた鳴狐に燭台切は笑いかけ、お供の狐が声高く名乗りをあげると、だろうねと燭台切は呟いた。
鳴狐自身もどこかバツが悪そうに燭台切を見て、籠を差し出した。

「おかげで計画が狂っちゃったよ」
「面目次第もありませぬ…」

籠を受け取った燭台切の後を追いかけるように鳴狐も台所に入り、お供の狐は項垂れた。
籠の中の野菜を検分していた燭台切はしょぼくれる1人と1匹に少しだけ笑い、手にしていたトマトを籠に戻した。

「気にしなくていいよ。だって一つ、主の苦手な野菜が減りそうなんだ。ねぇ、歌仙くん?」
「そうだな」

燭台切に相槌を打ちながら姿を見せた歌仙は、どこか不機嫌そうだった。

「こっそり人参を混ぜていたのはゼリーだけじゃないというのに、よくもまぁ、あんな事を言えたもんだね…」
「全部言う必要はないだろう?それに、これは僕の役目だ。君と長谷部くんじゃ、甘やかしすぎてしまうからね」

呆れたような表情の歌仙ににこりと燭台切は笑いかけ、歌仙は不快感を隠すことなく舌打ちをした。
しょぼくれていた鳴狐もその雰囲気におろおろと二人を見比べ、そろりと後ずさった。

「さて、次はどの野菜を美味しく食べてもらおうかな」
「トマトはどうだい」
「うーん。トマトはケチャップとかなら平気みたいなんだよね。生の種の部分が苦手みたい」
「そういえば、サラダのトマト、種の部分だけ僕の皿に入れてきてたな…」
「やっぱり次はピーマンとかかなぁ。攻略に時間がかかりそうなんだけどね」
「青椒肉絲の時、ピーマンを全部僕の皿に入れてたな…」
「そうやって食べてあげるのも問題なんだけどね?」

やいのやいのと二人で話し合いを始めたのをしばらく見つめ、鳴狐はお供の狐と目配せをしてそろりと台所を後にした。
歌仙が苦手な食べ物を肩代わりしつつ特定し、燭台切が舌を騙しながら少しずつ食べさせていき、長谷部が食べられるようになったら褒めちぎる。
この繰り返しが、この本丸の日常だ。
きっと今日も明日もこれからも、燭台切は審神者に嘘をつきつつ、審神者の苦手克服に取り組んでいくのだろう。



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