部誌9 | ナノ


お気に召すまま



多分、連れ帰られたそのこに一番に出会ったのは、俺だった。

「……ボス、隠し子ですか?」

ボスの腕の中、うなされるように眠る子供を見、茫然と呟いたおれを、ボスはパシリ中、持ち運んでた地図の巻物全部落とすぐらい思いっきりぶん殴った。

「ちょうどいい。おまえが面倒見ろ」

「いってえええええ! え、はい?」

ボスであるモンキー・D・ドラゴンに押し付けられた子供を受け取ってから、俺の毎日はガラリと様相を変えたのだった。



何やらお出かけ先のグレイ・ターミナルで思うところがあったらしい。ボスは知人友人を募って「かくめいぐん」とか言うのを作り、世界政府を倒そう、なんて言いだした。
もとより無口で強面の癖に人望がやたら厚いボスだもの、あっという間に彼の掲げる信条に賛同し、心酔し、ついていこうとする人間が集い、どえらい組織になった。人が集まれば、集まるだけの場所が必要になる。そこらへんの準備とか、昔からボスの金魚のフンしてた俺とかがするわけ。もうね、尋常じゃないくらい忙しい。

強さとか信望とかで幹部が自然と決まっていくのと同時に、下っ端とか中堅とかも決まっていくじゃん? 俺、自然と下っ端じゃん? 幹部の皆さんがこの世界のことを憂いて酒飲んで語り合ってる間にもやるべきことがたくさんあるんだよ。なんてったって人間、食うし寝るし風呂に入るし。そしたら調理とか洗濯とかもろもろの家事しなきゃじゃん?
ボスやその仲間たちの面倒見るのだけでもしんどかったのに、面倒を見る人間が増えまくったうえ、育児まで加わったわけ。ボスはあれかな? 俺のことが嫌いなのかな?

まあ人間が増えれば下っ端の人数も増える。手伝いを申し出てくれる奴らをまとめてるうちに雑務長とかいう称号を得たけど、全く嬉しくない。なんせ実際に家事する手間が省けた割に、書類仕事とか増えたし、帳面見て唸る日々が増えたんだもんな。会計係から指定される金額から、あの人数の衣食住を面倒みなきゃなんねえのはすこぶる面倒だ。

そんななか、俺の癒しと言えばサボだった。サボってのはあれだ、ボスの隠し子疑惑の子供だ。
記憶喪失らしい彼が覚えていたのは家に帰りたくないという気持ちだけで、名前だってボスがぼんやり覚えてたのだから合ってるのかもわからない。ボス以外には警戒心マックスだったサボが懐いてくれるようになるのは、そんなに時間がかからなかった。俺の家事テクを舐めるんじゃありませんよ! 子供って美味しいご飯もお菓子も好きでしょ! 餌付けしました。成功しました。

やることがいっぱいあったけど、サボの面倒を見るようにボスに言われたんだから、ちゃんと面倒見てやらなきゃいけない。どちゃくそ忙しいなか、なんとか時間をひねり出しては食いもんで懐柔した。懐いてくれてからは俺の手伝いを率先してやってくれるようになって、サボめちゃくちゃいい子で俺は泣いた。その時、革命軍はできたばっかりで、新人の癖に俺を下に見ては暴言を吐いたり、厄介事を押し付けるクソが結構多かったからだ。
サボは小さい体の割に俺よりずっと強くて、幹部にもなれない下っ端を熨せるくらいには強かった。立場上俺が手を出せばちょっと問題かもな〜って迷ってるうちに相手を熨してしまうのだから、その時は慌てたもんだけど。窘めても止めようとしないサボに育児失敗かなって思ってたら、現状を知ったボスに怒られたのは今でも納得いかん。まあだからこその雑務長の立場なんだけどな。雑務長とか残念な名前だけど、俺も一応幹部のひとりってこった。肩書きなんて面倒なのになあ、仕方ねえ。

俺とサボの日常と言えば、料理しながらサボのなぜなに攻撃に必死に回答したり、洗濯物干しながらちょっとした格闘訓練したり、だった。普通の育児だったら、こういうのってそのうちストレスになったりするのかもしれない。
記憶喪失故か、あーだこーだ些細なことから疑問を見つけだしては俺に訊いてくるサボに、当時忙しすぎた状態で苛立つことがなかったといえば嘘になる。でもキラキラした目で俺に問いかけてくれるサボに応えたいという気持ちはあったし、突然増えた「同胞」たちによる荒んだ対応に心が疲れていたのも確かだ。

多分、あの頃の俺はサボに支えられていた。俺より幼い、守るべき存在がいたことで、俺の自我は保たれていた。サボの疑問に答えるためなら気難しくて激情家のクソジジイに頭を下げて教えを乞うこともできたし、サボとの時間を作り出すために時短テクを確立することもできた。お陰様で顔は広くなるし、知識量は増えるしでいいことづくめだった。
幹部連中と知り合いになれたことで周囲からは一目置かれるようになったから、理不尽な暴力は減った。お偉いさんも食で懐柔できるのだと知れたことはかけがえのない情報だと俺は思う。

まあ、知恵や知識はどうになかっても、戦闘面ではどうにもならない。俺はちょっとばかり戦えるだけの元スリだし、サボはもとから結構強かったし、素質はあった。基礎体力とかはじめから俺よりあったもんな。強くなりたいと願うサボのことをボスに相談したら、ボス直々に教えることになったらしい。俺も昔ちょっと教わったことあるけど、なんかもうすごかった。死を垣間見た。つまり俺に才能がなかったってことなんだけど、サボはボスの教えについていけるみたいだから、やっぱりすごい子なのだった。

俺がてんやわんやしてるうちにも、時間はすすむ。サボはいつのまにか俺より体も大きくなったし、強くなったし、知識量もすごいし頭もいいしで、若い身空で参謀長とかいうどえらいもんになっていた。もう守られるだけの子供とは違うのだ。任務を任されるようになったし、頼られる立場にもなっていた。
一方、俺は頼りないオッサンになっていた。このギャップ本当にへこむ。雑務長という立場はそのままだけど、俺が育て上げた部下は俺より有能で、俺の仕事を奪っていくからやることがない。オッサンって言ってもまだ三十路くらいなんだけど、縁側で茶を啜る時間があらかじめ用意されてるとか隠居したジジイみたいじゃない? 俺よりはるかに年長のボスのが忙しそうにしてるとかどうよ? もう俺いてる意味なくない? 副雑務長早く下剋上しろ。してくれ。それか地位返上させてくれ。俺に仕事くれ。

「なまえさん」

現状を儚みながら茶を啜っていると、サボが現れた。相変わらずいい子で、参謀長なんて幹部の中でも上の方にいる地位にいるくせに俺を慕ってこうして顔を出してくれる。任務だっつうのに、あちこちに行くからとお土産を持ってきてくれるのだ。元からの資質だろうとは思うけど、グレずにこんないい子に育ったのは俺の影響もあるのだと信じたい。信じさせてくれ。

「よお、サボ。おかえり」

「――ああ、ただいま、なまえさん」

「怪我はないか? 無理してないか」

「大丈夫、健康で、元気で、怪我ひとつないさ」

「よし」

任務に出るようになって、いつの間にか恒例となったやりとりだ。初めての任務で怪我したのを隠して俺の元を訪ねてからというもの、心配性の鬼と化した俺が毎回任務帰りのサボの服を剥いて怪我がないか確認したものだから、根を上げたサボはきちんと報告するようになった。いつしか言葉の応酬は定型文化され、さっきのやりとりに至ったのだ。けれどいまいち信用できなくて、俺は毎度ながら、サボの頭のてっぺんから足の先まで、異変がないかどうか何度も視線を往復させてしまう。そんな俺に苦笑するサボも、いつもどおりだった。

「どうだった。大変だったか」

「ん……まあ、それなりに」

「そうか。まあ無事でなによりだ」

わずかばかり少し表情を暗くしたサボの様子に眉を顰めたい気持ちを押さえながら、なんでもないことのように返す。幼い頃からサボの傍にいた俺だからこそ分かる変化だ。それでもその様子から、よろしくないことがあったんだと理解できた。
任務のことは口にできることとできないことがある。俺も詳細を求めている訳じゃない。なんせ俺は雑務長。どうせ新聞でサボの工作が確認できたりするんだろうが、それでも詳しいことは知らない方がいいに決まってるし、嫌なことは思い出さない方がいいに決まってる。

「で、どんな旨いものを食ってきた?」

空気を変えるようににやりと笑って訊ねれば、サボは年相応の顔で破顔した。これも、恒例のやりとりだった。世界中を飛び回るサボが、各地の特色ある食べ物を食べてきてもらって、それを聞いた俺が再現したものを軍のみんなが集まる食堂のメニューに反映させたりする。メニューのネタはあればあるだけいいし、そういう他愛ないものの方が俺たちの会話ははずむからだ。

「色んなとこに行ったけど、やっぱりなまえさんの作る飯が一番だ」

「おっ、言ったな? 育った飯が一番ってなどんな人間も共通だよなあ。んじゃいっちょお前の好物でも作ってやるかね」

重い腰を上げても、サボの顔は少し遠い。いつの間にか俺より大きくなっちゃって、頼もしいんだか情けないんだか誇らしいんだか。
湯呑片手に食堂まで先導すれば、サボはその長い足ですぐに追いついて俺の湯呑を奪った。思わずきょとんとして立ち止まる俺に、サボはゆったりと笑う。

「育った飯だからって訳じゃないんだ」

じゃあ、他にどんな意味が?
ちょっとばかし料理が上手いからっていっても、俺はプロの料理人じゃない。今食堂にいる奴らはプロの料理人ばかりだし、各地で旨いものを食ってきてるサボの舌は肥えてるだろう。俺の料理を恋しがるなんて、母ちゃんの飯が恋しいっての以外に理由が見当たらないんだが。
クエスチョンマークを頭の上で飛ばしまくる俺にサボは苦笑して、湯呑を掴んでない方の手で俺の手を引いて食堂まで歩き出した。足を動かさざるを得ない状況で、なんで俺はやっぱりクエスチョンマークを浮かべるしかない。

サボが歩き出す、寸前。
やたら距離が近くなって、サボの唇が俺の髪に触れた気がしたけど、髪に神経なんて通ってないし、俺の勘違いか錯覚なんだろう。

多分、そうだよ、な?







サボくんのアプローチ、解りづらくてなまえさんに伝わってないんだから!

コアラのその一言に目を瞬かせたのは、サボがまだ自分の気持ちを把握していない時だった。何を言われたのか理解できなくて、じわじわとコアラの言葉が脳に浸透していって、理解したと同時に頬が熱くなった。一体、いきなり、何を。コアラにそう返そうとして、うまく言葉にできなくて。

――ああ、おれ、なまえさんが、好き、なのか。

「サボくん、もしかしてあんなに好き好きオーラ出してたのに自覚してなかったの?」

「すっ、好き好き?」

「だってなまえさんが誰かと仲良くしてたらすぐ不機嫌になるし、独り占めしたいのかしらないけど、副雑務長脅してなまえさんと交流する時間作らせてたじゃん」

「……そんなこと、してたか?」

「うわっ」

さいあく、と女子がすべきでない顔でコアラが呟いて、己の所業を思い知る。そういえばそんなこともあったかもしれない。よく覚えてないが。

「あれ、じゃあ無自覚でアプローチしてたってこと?」

ほんっとサボくん、なまえさんが好きなんだねえ。
しみじみと呟いたコアラの一言に、より頬が熱くなるのがわかった。

好きだと自覚してからは、好きだという気持ちに歯止めがなくなった。迂闊に伸びそうになる手を押しとどめるのに苦労した。なまえはいつの間にかサボより小さく、か弱くなり、サボにとって守るべき対象となっていた。あの頃とは、もう立場も環境も何もかもが違うのだと判った。違わないのは、なまえを慕い、想う気持ちだけだ。

なまえの傍にずっといたのだから、なまえがどんな思考で、どんな変化を恐れるのか、知っている。
だからゆっくりでいい。未だなまえの中で守るべき子供であるだろう己への認識を、じわじわと変えてもらってからでも、きっと遅くない。

「心配しなくても、サボくんの無意識の牽制でなまえさんは寂しい独り身続行中だよ」

そんなコアラの太鼓判もあるのだから。

だから今は、あなたが望むおれでいよう。
まだ守られる子供でいいさ。その立場に甘んじよう。いずれは、あなたはおれのものだ。

いいや、もしかしたら昔から――今だって。
なまえ、あなたはおれだけのものだ。



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