部誌9 | ナノ


お気に召すまま



 ピンポーン。
 来訪を知らせるインターホンが鳴る。丁度夕飯が出来上がったところだ。いつも以上の自信作が出来上がったというのに、舌打ちをするが放っておけもしないので渋々玄関へ向かう。時間を置いてインターホンが鳴るものだから苛立ちを隠さずにドアを開けた。

「ちょっとぉ、何度もうるさいんだけどどちらさまー?」
「ようみょうじ、今日の夕飯な」

 即行でドアを閉めた。だが、ドアの隙間から足を滑り込まれて阻止されてしまう。

「おいおい酷いな、友達が遊びに来たのに」
「そんな夕飯集りにきてるやつが友達なわけないでしょうが! あんたに出す飯ないんだから帰りなさいよ!!」

 足を押しつぶすつもりで力の限り閉めようと試みたが、相手の方が力が強く簡単にドアを開けられてしまう。

「友達が腹空かせてるっていうのに、冷たいオカマだな」
「オネエだっていってんでしょ! いい加減覚えなさいよ太刀川!!」

 訂正の意を込めてビシッと指を差してもへらへら笑ったままの男ーーー太刀川は自分の家のごとく靴を放り投げて部屋に上がる。止めようと掴むがするりと逃げられてしまう。

「ちょっとなに勝手に上がってんの!?不法侵入で訴えるわよ!?」
「ダチの家に上がっただけだろ、なあ今日の夕飯なんなんだ? まさかこのまえみたいに野菜だけとか勘弁なんだけど」
「いきなり上がっておいてワガママとか何様なのよあんた!?」
「? 太刀川慶だけど、まさか知らなかったのか?」
「知ってるわよ!そういう意味でいったんじゃないわよバカ〜!」

 会話が成り立たない絶望から両手で顔を覆う。泣き出したところで太刀川が同情など、するはずがない。自分の事しか考えない太刀川の目にはコンロに置いたままの鍋にしか写っていなかった。

「お、今日はカレーか?」
「ビーフストロガノフよ」
「ビーフスロロガノン?」
「惜しいけど訂正しないからね」
「まあ食べれれば名前ってどうでもいいよな」
「殺す」

 思わず口から出た言葉も太刀川は笑って流す。さらに殺意が芽生えた。こいつが個人総合1位じゃなかったらフルボッコにしてやるのに!と親指の爪を噛んで必死に殺意を抑え込む。勝てない相手には喧嘩を売るな、これは自分のモットーである。そんな自分の葛藤なんて太刀川にとってはどうでもいい話なので勝手に食器棚から食器を取り出してお玉で掬っていた。あんた人の食器棚詳しすぎない?というか勝手に漁るってどうなの人として。

「ちょっと! あたしは食べていいっていってないわよ!」
「え、ダメなのか?」
「なんでこの流れで大丈夫と思ったわけ? あんた人の話聞いてる?」
「聞いてる聞いてる、それよりご飯炊けてないんだけど」
「んも〜その台詞の時点で聞いてないのと一緒でしょうが〜ほんとあんた死ねばいいのに〜」
「そういうこというのどうかと思うぞ、さすがの俺でも傷つく」
「そこだけ聞いてんじゃないわよ、自分の悪口だけ敏感とか繊細か!」

 もはや相手は人間ではない、珍獣だ。否宇宙人といってもいい。全く会話が成立しない。だが以前は勝手に上がり込んで食べていた太刀川にぶち切れて以来、ちゃんとインターホンを鳴らすようにはなったから少しは成長はしているのだろう。こうして転がり込む時点で進歩もクソもないが。
 いつのまにやら太刀川は椅子に腰を下ろしてビーフストロガノフを食べ始めていた。死んだ魚の目のような瞳で頬を膨らませてもしゃもしゃと食す姿は腹を空きすぎたハムスターのようだ。決して可愛いとは思わない。思ったら負けだ。
 
「はぁ……あんたさ、なんで毎度毎度食事集りにくるわけ? あんただったら他に食べさせてくれる人いんでしょ?」
「なんでって、みょうじの料理がうまいから食べにくるだけだけど?」
「ぐっ」

 黙ってればイケメンに素直にいわれて不覚にもちょっとぐっときてしまった。でもダメよなまえ、こいつのことだからあたしの料理にしか興味ないの。絶対そう、そうとしか考えられないからほんと殺す。
 行き着く先は殺意でしかなく、いますぐにそのビーフストロガノフに顔を突っ込んでやりたい衝動に駆られる。でもそんなことしらせっかく作った料理が無駄になってしまう、そんなの無理耐えられない。

「みょうじの料理って手込みすぎて名前全く分かんないが、何作っても美味いし安心して食える」
「……あっそう」

 そんな誰しも毒なんて仕込むわけない。いや前に一度下剤をたくさん入れたのを提供したが一口も食べず帰ったことがある。野生の勘でも働いたのだろうか、そんなことをしても来るのだから学習能力があるのかないのか未だ理解できない。
 まるで野生の如く好きに動く男。羨ましいといえば羨ましい、だが決して真似はしたくない。そんな野生動物が、こうして自分の料理を食べに来るのを思えば、少しは信頼はされているのだろう。
 正直にいおう、悪い気はしない。個人総合1位の男から信頼を得ているのに優越感を抱く。あとイケメンが自分の料理おいしいって食べてるのも気分がいい。悲しいのは自分のタイプは忍田さんのようなストイックな男をガン掘りする方なので太刀川には全くそういった感情は抱かない。
 気分はそう、動物に餌付けをしてるのに近い。目は死んでるが美味しそうに食べてる太刀川を見るのは嫌いじゃない。そんなこと口が裂けてもいわないが。
 太刀川が食べ終わるまで動かないのは知っているので、今日も諦めるしか選択はない。今日も多めに作っておいてよかったと少し安堵しているのも秘密だ。

「なあみょうじ、おかわりくれ」
「……はいはい、太刀川君のお気に召すままに。それ食べたらとっとと帰んなさいよね」
「え、そんなこというなよ。俺みょうじのレポート写しにここまできたのに」
「もういますぐ帰って」

前言撤回。料理とレポートしか興味ない男は滅せよ。



prev / next

[ back to top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -