部誌9 | ナノ


お気に召すまま



ガラス越しに街灯が飛び退っていく。ひとつ、ひとつ、規則正しく一定のリズムで目の前にガラス越しに車内を明るく照らして、後ろの方に消えていく。
明滅のリズムが眠気を誘う。なまえは隣で運転をする男、安室透をちらりとみて、彼に気づかれないように欠伸を噛み殺した。
軽快な音で唸るエンジンは体に心地よい。車には詳しくなかったけれど、彼の車は、もし駐車場でみかけたら、隣に車を泊めることは遠慮したいような車だった。加速が容易いことは、スピードメーターを見ずともするすると追い抜かれていく車たちを見ればわかる。法遵守とは程遠いような車の運転だが、どうやらオービスなんかは避けているようで、その辺りに苦言することは、無理やり車に乗り込んだなまえは控えることにした。
なまえはこの車の、向かう先を知らない。
彼が偶然車に乗り込むところを見かけて、呼び止めて、乗せていけ、と頼んだ。本当にただそれだけだった。
なぜか、彼を見たとき、そうしなければいけないようなそんな気分になった。
何処にいくのか、何をしにいくのか、わからないけれど、一人で行かせたら、もう二度と会えないのではないか、と、そんな気がしたのだ。
ただならぬ様子のなまえに気圧されたのか、それとも、その場で問答をすることが面倒で、本当に肝心なときになればなまえをどこかにおいて来る腹積もりなのか、わからなかったけれど、それでも十分だった。何処かに置いてこられても電波が通じなくても通じる場所まで歩くだけの体力はあるし、タクシーを呼んで帰ってくるだけの金も十分にある。
なまえの予想を超えて東京近郊の環状線を出て、いくつかの県境をこえた。高速道路を走る車は少しづつ減っていき、時間帯もあって今、走っているのは運輸用の大型トラックが多い。
夜明けが、みえるだろうか、となまえは時計をみながら思った。
どこに行くのだろうか。
彼は何を考えているのだろうか。
彼はなまえにとって謎の多い人物だった。
なぜ、あんな小さな店でバイトをしているのかもわからない。自称は探偵らしいと聞いているが彼にどうやって仕事を依頼するのかわからない。金には困っていない様子だが、それがなぜなのかもわからない。
危険だとか、あやしいだとか、誰かにいわれるまでもなく、わかりきっていることだったが、それよりもずっと、なまえは彼のことが気になって仕方がなかった。
はじめは、見た目が好みだった。多分、今も好きな部分がどこか、と聞かれると、見た目が好みだ、しか答えようがない。それくらい、なまえは安室透のことを何も知らない。ただ、彼から目を離すべきじゃない、と、そんな予感がした。
目が離せないということが、好意とイコールであるのか考えることはやめた。彼のことを詳しく知りたいとは思わない。
きっと、それを彼が嫌がるであることをわかっていた。彼を見守るためには、疎まれることはさけたかった。もし、彼にとって自分が邪魔な存在になったら、彼はなまえの目の前から消えていなくなってしまうだろう、と、そういう確信があった。
そうなったとき、一般人のなまえには、彼を追いかけることはできない。だから、なまえはこの車の行き先もきかなかった。
ちらり、とミラー越しに安室がなまえを見た。何を考えているのか気になったけれど、なまえはそれに視線しかかえさなかった。
「……PAに入りますが」
安室はそう言いながら指示機を出した。ぱちんぱちん、という音がして、スピードが落ちる。
SAではなく、小さなPAというところに、何かの意志を感じてなまえは静かに頷いた。確かにトイレにも行きたかったし、飲み物も買っておきたかった。
でも、トイレから出てきたときに彼がいなくなっているのではないか、と、そんな予感もした。
エンジンが停止する。静かになった車内に耳を傾けた。
「……置いていったり、しませんよ」
安室透がため息をはいた。その言葉をあまり信用できずに、なまえは無言をかえす。
なまえのその気配を感じてか、安室はもう一度ため息をはいた。
「置いていくなら、もう少し、交通の便の良いところに置いていきます。僕は、悪人ではありませんので」
そこまで、安室は言って、押し黙った。なまえはそれに頷いて、シートベルトを外した。安室も同時にシートベルトを外す。
ドアをふたりで同時にあけて、外にでる。生温い空気が肌を撫でた。

急ぎ気味に、飲みものを二人分購入して帰ってくると、少し遅れて安室透が同じように二人分の飲み物を持ってやってきた。お互いに顔を見合わせて、ふたりで、数時間ぶりに笑った。
それだけで、ここに彼に置いて行かれてもいい、となまえはそうおもった。高速バスもとまらないPAだが、きっと、なんとかなる。
そんななまえの思いをよそに、なまえは彼の車に乗り込んだ。車体は、ほんのりとあたたかった。
パタン、と2つのドアが閉まると、密室空間が出来上がる。息が詰まるだけだった空間が、少しだけマシになっているのが不思議だった。
エンジンがかかる。聞き慣れたその音を聞きながらなまえはシートベルトをしめた。
「……聞いてもいいですか」
「どうぞ」
彼の質問に、なまえは短く答えた。勝手に車に乗り込んでいるなまえに、そんな風に質問をする必要はないのだけれど、そうやって聞いてくる安室が不思議だった。
「……行き先とか、聞かないんですか」
彼の質問は最もだったし、彼の車に乗りたい理由もなまえは安室に正確に説明できていなかった。
「……行き先がどこでも、行くって、決めたから」
それしか、答えはなかった。その答えに嘘偽りはなかった。それが正しく伝わったかどうかはわからなかったけれど、安室はそれに頷いた。
「……そうですか」
ヘッドライトが、アスファルトを照らす。どこまで、彼と一緒に行けるのか、わからないけれど、なまえはそれでいいのだと、覚悟を決めた。



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