部誌9 | ナノ


ボタンのかけ間違いは一生続く



水平線が見える。心地よい風が吹き寄せる。いわゆる穴場スポットと呼ばれるこの浜辺は、人が少なく、カップルのデートスポットして、隠れ人気があった。
少し、後ろ側を歩いてくる、男に視線をやった。
空を見ている。その視線の先を追って、雲の流れを追いながら、胸が熱くなる。
視線を動かした先で、自分のルンが目に入って、なまえは少しギョッとしてそれを掴んだ。ウィンダミア人にとって、ルンを不意に光らせることは恥ずかしいことだとされている。ルンのない者たちに囲まれていてもそれは変わらない。
感情が、見ている人間にわかるというのはかなり不利だ。
その不自然な動きに気づいたメッサーが「どうした」と声をかけた。
「……いや、なんでもない」
そう言いながらなまえは手を離した。ルンは、いつもの色に戻っている。それに少しだけホッとした。開放的な気分になるのはいいけれど、こんなところまで開放的になってしまうのは少し困りものだった。

なまえの生まれ故郷は、とても寒い。いつも雪が降っていて、呼気が凍てつく。緑は少なくて、雪山がいつだって見えていた。厚いコートは必需品で、耳が冷たくならないように、耳あてをしていた。頬に感じる風は、刺すように冷たくて、時々嫌になった。
この場所とは真逆だ。
温かい風が、吹き抜けていく。風は開放的で、潮の匂いがする。薄着でいられるということは、とても楽だとなまえははじめて気づいた。
騎士団に入ってからずっと、襟の詰まったかたい服ばかり着てきたから、はじめのうちは身軽な服装に馴染めなかった。馴染んで見れば、こっちのほうがよっぽど楽で、お気に入りはタンクトップだった。
それを「目のやり場に困る」と言ったのはメッサーだった。
彼は寡黙で、そして、優秀なパイロットで、彼の吹かせる風が、なまえは好きだった。そして、メッサーはなまえの命の恩人だった。
故郷を「抜ける」時にいつくかの問題にぶち当たったなまえを、結果的に助けてくれたのがメッサーだった。彼にはそんなつもりは無かったかもしれなかったが。
潮の匂いというのは、海に住む生き物の腐敗臭だったり、海藻の匂いだったり、大体生臭い。それが、いつの間にだか好きになった。
命が溢れる場所に居ると、孤独から程遠い場所にいるような気がする。
波の音を聞きながら、沈みゆく夕日に向かって歩くのが、なまえの日課だった。大抵、一人だけれど、時々メッサーがいっしょで、今日はその日だった。
彼は物静かで、なまえもあまり無駄な話をするタイプじゃないから、二人でいると、殆どの場合、ただただ歩いているだけになる。その時間をなまえは嫌いではなくて、多分、メッサーも嫌いではない。
嫌いではない、というのは多分、間違いだ。
なまえは、メッサーのことが好きだった。好きの種類にはいろいろあるけれど、なまえの場合、LOVEという意味が一番近かった。肉欲を伴う、愛情。それを、異種の、男に対して抱くことがいかに不毛か、よく知っていた。ウィンダミア人は寿命が短く、その分、子孫を残すことを、大切なことだと知っている。それを、裏切ることが罪だということは幼いころから、深く深く、心に刻み込まれていることだった。
元々裏切り者だ、となまえは自分に言い聞かせる。
「調子が悪いなら、はやめに報告しろ」
なんとなくぎくしゃくと歩いていたなまえに向かってメッサーが言った。思わずなまえは振り返る。
「それは、お前のことじゃないのか」
ポロッと出た言葉に、メッサーが歩みを止める。
「……なんの話だ」
「……いいや、別に」
踏み込めないのだと、そう、納得してなまえは微笑んだ。
「……行こう、」
手を伸ばす。彼が困ったように首を傾げて、なまえの手をとった。今度は色を変えるルンをおさえる必要がない。
「光ってるぞ」
メッサーの指が、なまえのルンに触れた。
「知ってる」
そう言って歩き出す。
多分、何処かで間違ったような、そんな気がしていた。



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