部誌9 | ナノ


挑戦者



「つぎは、まけない」

その、目だ。
年齢に不相応なその挑むような瞳に、魅せられたのだ。



荒船哲次がその子供のことを知ったのは、狙撃手の合同訓練で、だった。

攻撃手としてマスタークラスになったとはいえ、狙撃手としてはまだまだ未熟だと荒船は自己評価している。それでも攻撃手から狙撃手にシフトしてしばらく経った今、そこらの狙撃手よりは有能だという自負があった。狙撃手のランクでも上位に位置しているのだ。撃たれたとしても、その相手を打ち返せるくらいの腕前はあるのだと、そう思っていたのだ。

――ピッ。

捕捉&掩蔽訓練の最中、そんな可愛らしい音で、己が被弾したことを知る。撃ちこまれた方角に銃口を向けても、そこに狙撃手の姿はない。

(一体誰だ?)

狙撃手でのランクトップの当真や奈良坂だろうと、その時はそうあたりをつけて、訓練に戻ったのだ。
訓練が終了し、成績と己を狙撃した者の名を確認すれば、知らない名前がそこにあった。思わず眉を顰めると、荒船の様子に気付いたらしい穂刈が荒船の手元を見た。

「――オレも知ってるぞ、こいつ」

「穂刈もか?」

「ああ」

そう穂刈が示したのは、被弾数と、その狙撃手の名前で。

みょうじ、なまえ。

顔も知らないその名前を、荒船は鮮烈に記憶した。

いつか見つけ出してやろう。
そう思っていても、狙撃手の人数はなかなかに多い。誰かにみょうじのことを聞き出し探し出すのは簡単だったろうが、なんとなくそれはつまらなく感じた荒船は、合同訓練でみょうじを探し当てようと考えていた。

実際のみょうじに遭遇することはないのに、訓練ではよく遭う。
遭うというか、狙われるのだ。
どうやらみょうじは、大物食いらしい。荒船を含めた狙撃手上位の人間ばかりを狙っているようだ。その姿すら知らない荒船がみょうじを見つけ出すことは困難だったが、撃たれたあとに撃ちかえすくらいはできるようになってきた。
撃ちかえせるようになっても、荒船がみょうじの顔を知ることはなかった。荒船が目にするのは、いつだってバッグワームに包まれたその後ろ姿くらいだ。

何度かその程度の邂逅はあったが、いつまでたってもみょうじは見つけられない。荒船は学生で、任務も学業も忙しい。期末試験が近くなった頃には、合同訓練のことは頭の片隅に追いやられていた。

日差しは強く、ジリジリと肌が焼けているのが実感できるほどの暑さに、学生の彼らは逃げるようにボーダー本部まで足を運んだ。空調が効いている本部はいい休息所だったからだ。作戦室で勉強でもするか、と入り口で偶然かち合った穂刈と談笑しながら歩いていると、当真が後ろから荒船たちの横をすり抜け、駆けていった。

「――なまえ!」

その名に反応したのは、荒船だけではなかった。隣の穂刈も、その名に強い印象を抱いたのだろう。荒船と同じ方向に顔を向けた。

「いっくん」

「おっまえ、勝手にどっか行くなって言ってあっただろーが! びびらせんな!」

「だっていっくんほしゅう? あるんでしょ、おれ一人でもこれる」

「そういう問題じゃねえの! お前になんかあったら俺が怒られんの!」

「でもおれもれんしゅうしたいよ」

「それは悪かったと思ってる!」

試験前に補習が用意されてるってどんだけだよ。
当真の性格からして、自ら教師に願い出たはずはない。成績が悪いとは聞いていたが、教師側からそんな救済処置がとられてしまうくらいには危ういらしい当真に呆れた視線を向けながら、当真が話しかけている相手へと視線を落とす。

小さい。
そんな感想を抱いたのは、彼が子供だからだ。

まだ小学校に上がったばかりなのだろうか、真新しいランドセルを背負う子供が、当真を見上げて睨んでいる。
今までこんな子供がボーダーにいただろうか。トリオンの問題から未成年の隊員が多いボーダーではあるが、それでも彼――みょうじほどの幼さの隊員などいなかった。中学生の隊員ですら、時折ランク戦などで戦うには違和感を覚えるほどなのに。

「とりあえず帰るぞ」

「やだ。れんしゅうする」

「俺は補習だ……俺がいねえとここには来ないって約束だったろ。今日は帰んぞ」

「やだ!」

「なまえ〜! ああ、くそ」

調子はずれの音楽が当真の尻付近から流れる。着信音らしく、ズボンのポケットから取り出した携帯の画面を確認して当真が盛大な舌打ちをした。逃がさないようにか、みょうじのランドセルを掴みながら電話に出ている。相手は案の定教師のようで、謝罪しながらどうすべきか綺麗に整えているはずのリーゼント頭を掻きむしっていた。

「当真」

疼いたのは、好奇心だ。
どうしてかボーダー本部の中に入ることを許されている、荒船に一発くれた、幼い子供。その子供は、恐らくはボーダーで随一の狙撃手である当真勇の知り合いであるという。興味を抱くなという方が無理だ。

「俺がみてやろうか」

「荒船?」

隣の穂刈が戸惑っていたが、口にした言葉は戻ってこない。撤回する気もない。
唖然とした当真の隣で、みょうじがきょとんと眼を瞬いた。

きっと、正しい意味で、初めて。
みょうじは、荒船哲次という人間を視界に入れた。
的の一人ではなく、荒船という人間を。

「補習あるんだろ? 終わってここに戻ってくるまでの間、俺が面倒見ててやるよ」

「……いや、それは、ありがてえけどよ」

少しでも荒船の真意を読み取ろうとするかのように、当真が荒船を凝視している。荒船にとってメリットも何もない状態であるならば、何か裏があるのかどうか疑うのは当然のことと言えた。
裏があるといえばある。この幼さであれだけの射撃能力を持つみょうじなまえという子供に興味を持った。知りたいと思った。それだけだった。

「なまえ、だったか」

「? うん」

「俺は荒船。荒船哲次だ」

「!」

狙撃手上位に位置する荒船の名に聞き覚えがあるらしい。荒船を見る瞳が、爛々と輝いた。まるで好敵手を相手にするみたいに。そういえば最後は、みょうじの背中、心臓のある位置を背後から撃ち返したんだったか。

「つぎは、まけない」

眉間に皺を寄せ、唇を噛みしめていうその子供の姿に、負けん気の強さに、荒船は人知れず背中をぞくぞくと震わせた。いつだって荒船を先に撃つのはみょうじだというのに、まるで挑戦者は己だと言わんばかり。

「俺も負けねえよ」

いつか、この子供は強くなる。当真以上に、奈良坂以上に。
今はまだ未熟だと自覚しているこの子供に、己の独自のメソッドを使わせたら、どうなるのだろうか。そう考えるだけで、荒船は何故だか、楽しくて仕方がないのだった。




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