部誌9 | ナノ


挑戦者



リンは、自分たちのことを「監視係」だとか、「保護者」だとか、そんな風に呼称する。なまえは、リンのことはどちらかと言えば「護衛」だという気がしている。
確かに、オリヴァー・デイヴィス博士は強力なPKの持ち主で、人類最強と呼べるくらいの強さなのだけれど、彼は霊的な才能はない。
霊視能力に優れ、浄霊が出来た彼の相棒、ユージン・デイヴィスは死んでしまった。いや、多分死んでしまった。
多分、というのはジーンが死んだ、とオリヴァー、つまりナルが、双子特有の回路を通じて「視た」ことだからだ。
そもそも、彼の連絡は途絶えているし、ジーンの性格上こんなに長く消息を絶つことはないし、ナルとジーンの間のホットラインが本物であることを知っているなまえは、その事実を疑うことはない。
その、いなくなったジーンの穴を埋めるように、退魔法を備えたリンが、ナルの護衛役に選ばれた。
リンは、中国の道士だ。その本領は呪いにあるらしいが、彼は”式”という使い魔を所持していて、それらを護衛に使う事ができる。
なまえは「ガイド」だ。ナルは、日本人の血を引いていて日本語を操ることが出来るとは言え、日本に来ることははじめてだし、それに、ナルは漢字が苦手だ。リンは漢字も得意だし、日本語の読み書きもできるが、日本に来たことはない。(日本がきらいだと公言するリンが何故、日本語を学習していたのかは謎だ)
そんな事情もあって、なまえはこの渋谷にあるSPR事務所の日本語の書かれてある法的な書類をなんとかしたり、警察に行ってジーンの捜索の進み具合を訪ねに行ったり、ナルが探している湖を下調べすることのような、ことをしている。
本当は、下っ端だとは言え、なまえだって研究員だ。
リンもSPRの研究員だ。本部のあるロンドンに居たなまえとは違って、リンはケンブリッジの研究所の方にいた。なまえもリンも大学院生で、ナルの父親である教授の下に付いているときは、いっしょに居たのだが、今のなまえの本当の所属は、ロンドンの本部だ。
すぐに、日本に来ることになってしまって、そちらの方にはほとんど行っていない。
ケンブリッジでは、呪いを使う関係から昔から「アイツに嫌なことをしたら呪われる」などと言って、リンが遠巻きにされていたことを、なまえは知っている。
そのリンと、なまえの出会いは少し強烈だった。なまえに対してリンは「日本人は嫌いです」とのっけからたまわった。それに対してなまえが発した言葉が「俺、呪い返しとか練習したほうが良いですか」だった。その時のリンのあっけにとられた顔を、なまえはよく覚えている。しばらく、まじまじとなまえの顔を観た後、リンは「あなたが付け焼き刃で呪詛返しを覚えたところで、なんの役にもたちませんよ」といって笑い転げた。薄暗い印象だったリンが腹を抱えて笑うのを見ながら、なまえはどうやら、自分は彼のお眼鏡にかなったらしい、と思った。
その後、なまえは「呪うなら確実に殺します」とリンが言っているのを聞いてから、彼を絶対に敵に回したくないと思っている。
後から聞いた話によると、リンはイギリス人も日本人も嫌いで、接点が増えそうな人間に、必ずと言っていいほどこのセリフを吐くらしい。なんとも、偏屈な人間だ、と思っているが、それは本人には言ったことがない。
リンが、一調査員の立場で、こんなにつっけんどんで要られるのには、彼がトクベツな能力を備えているから、という理由がある。一方で、なまえには特殊な能力が何一つ備わっていない。何一つ。
そんななまえが何故、SPRなんかで心霊研究をすることになったかには、幾つかの事情がある。たとえば、身内に超能力を扱う人間がいただとか、そういう簡単な事情だ。
能力を持っていたのは、なまえの弟で、弟は、ポルターガイストを起こす能力者だった。自発的に扱う訓練は受けておらず、それどころか、家族の誰一人として、ポルターガイストの原因が弟だということを知らなかった。ただ一人、なまえは、そうではないか、と気付いていたが、それを証明することも、何をすることも出来なかった。ただ、ただ、毎日のように起こる、不可解な現象になまえの家族は日に日に憔悴していって、ある日突然、弟は本棚の下敷きになって死んだ。
彼が死んで、ピタリと止んだ現象を目の当たりにして、なまえはやはり、と思った。
父と母がそれに気付いていたかどうかはわからない。ただ、母は霊的な何かに弟を連れて行かれたと主張し、怪しげな霊能力者を呼んで、たくさん、お金を失ったりした。
その母は精神バランスを崩し、それからしばらくしないうちに、借金が莫大になったり、家の財産がすべてなくなるまえに、呆気無く死んでしまった。

寂しそうにしていた父はなまえを大切に育ててくれた。弟のことや、不可解な現象について、父と話し合ったことはなかったが、父はなまえが大学で超心理学を学ぶことをゆるしてくれた。
その父の期待に答えたかどうかはわからないが、SPRにつとめることになった。
父には日本に戻っていることは伝えてないし、会いに行く必要を全く感じていなかった。会いに行きたくない、といえば嘘になるのだが、ナルに出会ってから、なまえは父に、弟のことをどう話していいかずっと、ずっと迷っていた。
ポルターガイストを起こすナルをみたとき。その現象が、実在のものだと、自分で、そのデータを残した時。なまえは、これを、どうやって父に伝えるか、ずっと、ずっと迷っている。

そんな過去のことに思いをはせてしまうのは、なまえが実家の近くに来ているからだろう。少し、変装もしているし、なるべく知り合いと顔を合わせそうな場所は避けているが、はやめに引き返したい。
ただ、ナルに提出する写真なんかを撮ってからだ。写真を通してサイコメトリをする、とナルが言ったから、なまえは何枚も何枚も角度を変えて、湖の写真を撮る。ナルが来るときに備えて、バス停の路線図や、時刻表を手に入れたりと、やっていることはまるで、なにかの記者のようだ。旅雑誌の記者、というのがぴったりだろうか、となまえは木陰に座りながら、カメラのフィルムを入れ替える。
フィルムだってそんなにお安く無いのだけれども、これは必要経費で落ちる。
これは、ナルが特異な能力を持っているからではなく、彼が、特異な研究者だからだ。
その、研究者としてのレベルの違いを、なまえはよくよく知っている。
ナルが、彼の父親とディスカッションしているのを聞いたのは、多分、ナルが小学生と見紛うくらいの年齢のときの事だったと思う。その時に、なまえはナルと、自分の才能の差を思い知った。
ナルが、論文を発表したのはたしか、15の時だっただろうか。
その論文を読んでなまえは二重三重に受けた衝撃を、よく覚えている。多分、彼が起こすポルターガイストをみたとき以来の衝撃だったと思う。

だから、ロンドン本部に行ったあと、見張り、マネジメントとかの役割でこのSPR日本支部にナルとともに来れる事になった時、なまえは一も二もなく「行く」と言った。
少々食い気味のなまえの返事に、上司はなまえのホームシックを少しばかり心配していた。

諸処の事情は脇において、なまえにとって、ナルの下で、ナルといっしょに、調査ができることが、歓びだった。
リンほど、特殊な能力があるわけじゃない。研究者として優れているわけじゃない。なまえは、実体験として超心理学的な現象を知らないから、それを知っている研究者に、劣るのだ。
多分、ナルのことだから、知っていたとしても、知らなくても、すべきことは変わらない、というのだろう、と思う。
そう言った部分によってなまえは、年下であるオリヴァー・デイヴィスに、あこがれを抱いていた。

しかし、蓋を開けてみれば、なまえは一人で、湖の写真を撮っている。
向こうへの実績の報告のために、仕事を受けるべきだというなまえの言葉を馬耳東風にしていたナルに、やっとこさ来た調査をねじ込んだは良いが、ナルが来るべき予定だった場所に代わりに行けと、寄越されてしまったのだ。

何のために、日本に来たのか、と思いながらなまえはため息を吐きながら、最後に数枚写真を撮って、山の中に沈んでいく太陽を見ながら、今夜の宿へかえることにした。
残念がる自分を、少しだけ叱咤して、なだめる。ナルの幼少時を知っているなまえは、ジーンのことも、知っている。ジーンがもし、死んでいるのなら、その遺体を弔ってやりたいと、日本人であるなまえはそう考える。
バスの本数があまりにも少ないから、ナルがもしここに来るなら、レンタカーでなければならないだろう。ナルはレンタカーを使うことに抵抗はないに違いない。しかし、もし、ここにジーンが来たとしたら、どんな手段で来たのだろうか。なまえはそんなことを考えた。

宿に帰ってみると、ホテルのフロントに呼び止められて、電話がかかってきていた、と伝えられた。
「……渋谷、本当に渋谷と名乗ったのですか?」
「はい、ホテルに夜の9時ごろ電話するようにと」
フロントの女性の言葉に、なまえは首を傾げた。ナルは用もないのに電話をかけてくるような人間ではない。向こうで何かあったのかもしれない。
そんなことを考えながらなまえは風呂に入って、念のため、すぐにたてるように、荷物を整えてから、部屋の電話からナルに電話をかけた。
「……もしもし、なまえです」
『なまえか』
紛れも無い、ナルの声だ。電話の応対はすべて、リンがしていたはずなのに、ナルが出る、ということ自体が非常に珍しい。
「なにかありましたか」
『リンが怪我をした。大事はない』
「え」
リンが、怪我をしたというシチュエーションがわからない。しかし、それ以前にナルが電話の応対をしているという点で、リンの容体がかなり気になるところでもある。
『人手が足りない』
ナルの言葉に、なまえは不意に、リンの不幸を喜んだ。
彼といっしょに調査が出来るかもしれない。
「明日には、もど、」
『こっちで人を雇うことにする。目星は付いている』
「は?」
『帰ってきたら手続きを頼みたい』
「え、」
『しっかり、予定通りに写真を撮ってきてくれ』
「わ、わかり、ました」
しどろもどろになりながら、なまえは返事をする。なまえには、一人でおいておけない、という監視のリンのような名目がない。
打ちのめされるような絶望を味わいながら、なまえは電話を切った。
口を閉めたトランクを開きながら、なまえはベッドに腰掛ける。そして、いつか、いつか、いつか、いっしょに仕事が出来る、と自分を慰めるために、冷蔵庫に入ったビールを飲むことにした。



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