部誌9 | ナノ


挑戦者



 遠征から帰ってきたら上半身裸の刀達が広間に屯っていた。

「……一体なんなんだこれは」

 遠征隊の体調を勤めていた山姥切国広はあまりの光景に絶句する。
 右を見れば半裸の刀が、左を見れば下着一枚だけの刀。ひどいやつは下着さえ履いていない。せめて隠す努力をしてほしい。
 一体半日出ていた間に何があったというのだ。敵襲も考えたが、下着一枚ながら各で談笑していたり酒を飲んでいたりと和気藹々とした様子からすぐに撤回した。
 呆然と立ち尽くしていると一緒の部隊に出ていた薬研が軽く小突く。

「吃驚しちまうのは仕方がないが、話聞く方が先決じゃねぇか?」
「あ、ああそうだな……」

 だが誰に聞くべきなのか、いまの状況を簡潔に分かりやすく説明してくれる刀を吟味しているところで背後から声をかけられた。

「それは私めがお答え致しましょう!」

 意気揚々と高らかに名乗りを上げられ、振り返れば鳴狐ーーーとお供の狐がいた。鳴狐は目印ともいえる顔当てと狐を首巻き付けている以外、下着一枚しか身に纏っていない。

「……暑いからってだらけすぎじゃないか」
「そうだぜ、大将に見つかったら説教だけじゃ済まされないぞ」
「いえいえ、この格好にさせたのは全てあるじさまでございます!」
「あいつが、だと……?」

 思わず薬研と顔を見合わせる。
 この本丸の主である審神者ーーー陣内栄は一見年若い女子の姿はしているも中身は卒寿間近の老女だ。
 年齢など関係なく、謹厳実直という言葉がふさわしい彼女はどんな状況であろうとも身なりにもきちんと気を配る。そのため、このようなだらけた格好など許すはずがない。するものならば喝を入れるために箒を振り回すに決まっている。
 鳴狐(話しているのはお供の狐だが)が嘘をついているとも思えない。かといって信じきれず怪訝な顔が薬研にも表れている。自分達の心情をきちんとくみ取った鳴狐が狐の頭を軽く撫でる。

「……よろしく」
「お任せくだされ鳴狐! そう、あれは二刻前のこと……」


 お供の狐の話を要約すると、最初は刀剣たちで花札で遊んでいたのがきっかけだった。
 ここ最近、本丸内で花札が流行っており、暇さえあればそれで遊んでいる。理由は至極単純、主が花札で遊ぶのが好きだからだ。
審神者になる以前ーーー生前は家族とよく遊んでいたという。一部の刀と花札で遊ぶ主の姿に他の刀剣達もやってみたいと名乗りを上げ、いつの間にか本丸内での定番の遊びとなっている。
 短刀や一部の刀は純粋に遊んではいるも、それだけでは物足りず賭事として遊ぶ刀も少なくはない。さすがに主の前で大っぴらにはできないのでもちろん隠れてやっているようだ。
 今回は後者の刀がある一言から始まった。

『せっかくだから負けた方は一枚ずつ服を脱ぐのはどうだろう』

 と、下らない発案に異議を唱える者がその場にいなかった。
 そうした始まった男だけの脱衣花札。暑苦しいことこのうえないがツッコミが不在のため、大いに盛り上がったという。
 盛り上がれば人が集まるわけで、案の定ーーー

『お前達、なんだか涼しい格好してるじゃないか』

 主にばれた。
 その後はいわずとも、一列に並んで正座で説教である。


「馬鹿だろう」
「同意だな、つまりここにいるやつらは全員その脱衣花札の参加者ってことか」

 ちらりと薬研が広間に視線を移す。参加者の中には薬研の兄弟もいた。そして山姥切の兄弟もだ。二人揃ってため息を吐き出す。しかし、なぜだか鳴狐は首を縦ではなく横に振る。

「違う、彼らは途中参加」
「途中参加?」
「そうです! 実は話はまだ終わっておりませぬ!」
「……」


 狐の話はまだ続きがあった。
 主からの説教を受けながらも、一人だけ反省の色を見せない者がいた。
 驚きが生き甲斐の鶴丸国永である。

『なんなら主もやってみないか?』
『あたしがかい?』
『せっかくここまで盛り上がったのだからこれで終わりだなんてつまらないじゃないか、ここは主も参加したらさらに面白くなると思うんだがなぁ』

 どうだろう、ときらりと黄金の瞳で主に持ちかけた。さすがに他の刀剣達がその提案を窘めた。それもそうだ、相手が主であり、女性なのだ。そのような女性を辱めるなど言語道断。これでは火に油を注いだものだと刀剣達は様々な覚悟を決めたという。
 だが、予想外にも主は怒りはしなかった。少し考え込んだ様子を見せ、黙り込んでしまう。その様子を主犯の刀達も周囲の刀達もはらはらと返事を待つ。
 そして、時間を置いて主が口を開いた。
 
『よろしい、そこまでいうならあたしも参加しよう』
『ははっ、君ならそういうと……なんだって?』
『参加するっていったんだよ、その脱衣花札ってやつに』

 辞退どころかまさかの主からの参加表明。その場にいた全員が慌てふためいた。断られると思った鶴丸も同様である。さすがに女人なのだから、と諭そうとするも主は頑なに参加すると言い放つ。

『ここまでいわれてそれでも無理だなんて断るほど臆病者じゃないよ、勝負に乗るからにはあんた達同様負けたら服でも何でも脱いでやろうじゃないか』

 ただし、と言葉を一度切ると腕を組む。

『あたしに勝てたらの話だけどね』

 やれるもんならやってみなさいな。
 自身の負けなど一切考えず、あの自信に満ちた微笑を浮かべた。
 売り言葉に買い言葉、ではなく喧嘩を売ったらさらに喧嘩をふっかけられてしまった。主に似て負けず嫌いな刀達がそこまでいわれて乗らないはずがない。
 
 かくして、主対刀剣の脱衣花札の幕が切って落とされた。


「あのあるじさまを負かしたい理由で名乗りを上げた者もいれば、ただ面白そうだからと理由は十人十色。そうしていつの間にやら本丸内にいる者全てが挑戦者となってあるじさまの勝負を申し込んだのです!」
「んで結果は?」
「返り討ちに合って今に至りまする!」

 さすがあるじさま!と狐は誉め讃え、鳴狐は同意とばかりに拍手する。一通りの顛末を聞き終えた山姥切はというと、呆れのあまり言葉を失った。隣の薬研は暢気に「大将やるじゃねぇか」と感心している。

「ちなみに叔父貴殿はどんな理由で大将に喧嘩ふっかけたんだ?」
「……楽しそうだったから」
「ははっ、叔父貴殿らしいな」

 これなら自分も参加してみたかった、などと言い出す薬研をひと睨みすると冗談だと両肩を上げる。
 言い出す鶴丸もだが、それに乗る主も主だ。忠義を尽くす刀が相手だろうとも、もっと危機感を持ってほしいものだ。

「おや、国広達帰ってたんだね」

 声がした方向に目を向けると話題の人物が向こうから歩いてきた。おかえりと目を細めて山姥切達を温かく迎える。つい先ほどまで本丸の刀剣達全員の服を奪い取ったとは思えぬ朗らかな笑みに山姥切の目がさらに険しくなる。

「なんだいその目は」
「……鳴狐から話を聞いた」
「あらそう、もう少し早かったら一緒にやれたんだけどね」

 さすがに大勢を相手して疲れたからまた今度、なんて軽く肩を回す暢気さに山姥切の目尻がさらにつり上がる。

「あんたはもっと危機感を持つべきだ」
「危機感? 馬鹿いうんじゃないよ、歴史修正主義者ならまだしも相手は家族なんだから」
「だからって年頃の女が」
「あたしをいくつだと思ってるんだ、見た目が若くても中身はただのばあさんなんだよ。心配性だねぇ、まるで歌仙みたい」
「なっ」

 遠くで歌仙からの非難の声がしたが山姥切はあえて無視した。というかその口うるさい歌仙も参加しているのだから激しく遺憾である。
 言いたい事が山ほどありすぎるのに全く聞く耳を持つ気のない主に怒りを覚えて震える体を薬研が労るように肩に手を置く。

「ま、気持ちも分からなくもないがあの大将が何も考えず喧嘩に乗ったわけじゃないだろ。あいつらだって別に疚しい気持ちじゃなくて純粋に大将と戦いたかっただけさ」
「……わかっている」

 薬研のいうとおり、主がなにも考えず参加したとは思わない。その証拠に、主の服から何かがなくなってはいない。自分が勝つという絶対的な自信があっての行動だと伺える。
 だが、理解はしても主の行動は軽率すぎる。その思いを口にはせずにそっぽ向くことで態度に現す山姥切に主と薬研は顔を見合わせて苦笑する。

「まあちょっと大人げなかったとは思うよ、久しぶりの大勢で遊んだからつい楽しくてね」
「……俺がいいたいのはそこじゃない」
「はいはい、ほらほらお前達いい加減着替えなさいな!そんな格好のままじゃ風邪引くよ! そろそろ長谷部達の隊も戻ってくるんだから怒られたくないだろう!」

 パンパンと手を叩いて未だ下着の刀剣達に動く事を促す。主の催促に刀剣達も返事をしてのろのろと自分の服を手に取っていく。こうして彼らが好き勝手しているのも、歌仙以上に口うるさい長谷部がいないからだ。もし見られたらなにを言われるかというのを刀剣達も知っているから主のいうことに従った。
 服を探す者や他の者の服を着る刀と慌ただしい光景に主は楽しげに見守る。その眼差しはまるで息子や孫を見守る目だ。
 年だから仕方ないのかもしれない、と山姥切は自分に言い聞かせるも、口から出るのは重いため息であった。



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