部誌9 | ナノ


挑戦者



 縁の強さとは侮れない。隠岐とみょうじは、中学校の入学式の日にクラスメイトとして出会ってから、高校二年の現在に至るまで、ずっと同じクラスであった。一度や二度ならともかく、卒業と入学を挟んで四度ものクラス替えを耐え抜くとは、なんとも根性のある腐れ縁じゃないか。
 加えて両人ともボーダーに所属しているとあれば、気心の知れた友人としてともに過ごす時間は必然的に多くなった。隠岐とみょうじは交流の多い同学年のボーダー隊員の中でも、特に親しかった。
 みょうじはクラスに一人か二人か三人かはいる、賑やかなお調子者の類である。チャラチャラと軽薄で、うぇーいと知性のない言語で盛り上がる。高校一年の夏休み明けに髪を茶色に染めてきて、始業式から教師に怒られていたようなやつ。思考が短絡的で、デリカシーに欠けるところもあるが、基本的には素直で性根の優しい人間だ。そして女の子が好きだと豪語している。

「イコさん聞いてくださいよ! このまえ声かけたおねえさんに、ライン教えてもらったんす!」
「なに、ホンマかそれ! ちゃっかりしとんな!」
 隠岐を真似て呼び始めた「イコさん」だが、みょうじが喋るとイントネーションが少し違う。本人は気づいていないらしいのが、また笑いを誘った。
 勝手知ったるとばかりに生駒隊の作戦室で寛ぐみょうじは、生駒へと戦果を報告する。隠岐を通じて知り合った二人は、女好き同士よく波長が合ったらしい。みょうじは自隊の作戦室にいるのと同じくらい、生駒隊の作戦室へ入り浸って、特に生駒へ懐いていた。
 隠岐はその様子をうっすら笑いながら眺めるのみである。みょうじが女性をナンパするのはいつものことだし、その後に関係が進展したことなどないのを知っているからだ。
 女性とみればあんまりにも誰彼構わず構うものだから、ふざけているのかと思ったこともあったが、みょうじは真剣そのものだった。だって、からかい目的ならばふつう那須隊の熊谷に声をかけたりなどしない。熊谷本人にぶっとばされるからだ。「個人戦でおれが勝ったら付き合って」というみょうじの頼みを熊谷が承諾せず、だが無下にもできずにいたのは、熊谷がみょうじの態度を本気と捉えて戸惑っていたせい。結局割って入ってきた那須が熊谷の代わりにみょうじと個人戦をし、容赦なく蜂の巣にしてしまったのだが。この出来事は、怖いもの知らずというか、身の程しらずというか、良くも悪くも大胆なみょうじの武勇伝として同学年の男たちに称えられた。
「あれだけいろんな奴に敗退を繰り返して、よくめげないよな。ひたすらバカだけど逆に尊敬する」
 いつぞやか、思わずといったふうに漏らした米屋の呟きに、その場に同席していた男たちが、うむと一様に頷いた。そもそもボーダーに入隊した理由が「モテそう」だったみょうじは、もはや女性隊員の間ではネタかギャグのように扱われていたのだが。本人は大真面目なもので、各方向へ果敢にアプローチをし続けていた。
 みょうじがナンパや告白に玉砕するたびに、隠岐はみょうじを慰めてやる。頭を抱えて泣きついて、「彼女が欲しい」と呻く友人の頭を、呆れを含ませて笑いながら、よしよしと撫でてやるのがいつのまにか自分の役割になっていた。なんでも「隠岐の声を聞いていると落ち着く」らしい。こちらの気持ちも知らず暢気なことである。実におめでたい。

 彼に恋愛感情を抱いていると自覚したのは、いつのことだったろうか。平日も休日も、学校でもボーダーでも顔を合わせているうちに、いつの間にか。気がついたときには、みょうじが女の子にちょっかいを出すたびに、生駒と親しく話すたびに、細めた瞳の奥で、嫉妬の熱がちりちりと燻っていた。
 自惚れではなく、みょうじと一番親しく彼の信頼を勝ち得ている人間は自分であると、隠岐は分析していた。けれどもその関係は、彼に望むもののすべてではない。みょうじが誰かへ気持ちのベクトルを向けるたび、相手への優越感はあれど、余裕はなかった。

 ある日の昼休みに、午前の授業が終わるなり上機嫌にどこかへ出かけていたみょうじが、見るからにどんよりと気落ちした様子で教室へと戻ってきた。つい三十分前とは見る影もなくしょぼくれている友人は、「おかえり」と声をかけた隠岐を一瞥して、うんともすんとも言わずに窓際後方の自席へふらふらと着席する。あれはいつもの、体当たって砕け散ったときのテンションか。
 既に別のクラスメイトと弁当を食べてしまっていた隠岐は、ぐったりと机に突っ伏すみょうじの前の席を勝手に陣取り、しょんぼりと落ち込んだつむじを人差し指で押した。びく、とうつ伏せた背中が動いたが、もごもごとはっきりしない声を発するばかりで、まともな反応がない。
「なんや、またフラれたんか。ほんまに、毎度毎度ようやるなあ」
 よしよし、と焦げ茶に染められた頭を撫でてやる。教師に見逃されるギリギリのラインを見極めて染めた髪の毛は、根本の黒が伸びてきていた。
 慰めたとたん、もごもご言うのをやめたみょうじは、次の瞬間にがばりと顔を上げて「隠岐のばか〜!」と叫んだ。
 むん、と唇をへの字に結んだ彼は、手のひらでバンバンと机を叩く。どうやらたいそうご立腹で、その要因に隠岐が関わっているらしい。けれどもこちらには身に覚えがなかった。なにごとかと首を伸ばして様子を伺うクラスメイトたちを愛想笑いで誤魔化して、みょうじと同じ机に肘をつきながら、隠岐は苦笑を浮かべつつ「なにがあったん」と声を落とした。癇癪を起こした子供を宥めるように、首を傾げて顔を覗き込む。
 その仕草も、みょうじは気に入らなかったらしい。唇を噛んでぐぬぬと唸りながら、ランク戦で緊急脱出寸前に追いつめられたときの、敗けを認めたがらない顔で言葉を絞り出した。
「隠岐は……好きなやつ、いる?」
「……はあ?」
 「隠岐のばか」からどうしてその問いに繋がるのだろう。困惑を読みとったみょうじは、ぶすくれながら続ける。
「さっき女子に呼び出されて、おまえに好きな子いるのか聞いてって頼まれた」
「なるほど」
 女の子に話があるからと呼び出されてそれでは、年中脳内お花畑の彼にとってはかなりショックだろう。それにしても、相手の女子もわざわざ男子を捕まえて探らせなくてもいいだろうに――いや、それだけ隠岐がみょうじに心を許しているように見えるのか。好きなやつの話を打ち明けそうなぐらいに。
 特別感慨もなく、うむと頷いただけの隠岐に、盛大な肩透かしを食ったみょうじが恨みがましい視線を送ってきた。
「おまえはなんで黙っててもモテるんだよ……」
「そらイケメンやからなあ。あと、みょうじはがっつきすぎ」
 わさわさと頭を撫でていた手で、みょうじの前頭部に軽くチョップを入れた。頭を押さえて大げさに痛がる様子にけらけら笑っていると、みょうじもにやりと笑い返す。毎回大騒ぎするくせに、すぐにけろっと立ち直るのはみょうじの常だ。いつでも脳天気で楽観的、悩みなどなさそうにへらへらしている彼が羨ましい。
 机から身を起こしたみょうじは、机の横に引っかけていたコンビニの袋からカツサンドを取り出した。遅いランチタイムを始めるみょうじを、隠岐は他人の席に居座ったままカツサンドの半分を一口で頬張る様子を眺める。
 もそもそと咀嚼しながら、みょうじは「そんで、」と話を続ける。あっという間に口の中のものを飲み込んで、先程の話題を蒸し返した。
「好きな子いるの?」
「おるよ?」
「えっ、初耳!」
 即答した隠岐に、にわかにみょうじのテンションは高まり、「誰!?」と身を乗り出して食いついた。眼前に迫るきらきらした目が、見るからに次の言葉を催促している。ああ、ああ、なんて素直で馬鹿正直で、想像力のない幸せな頭。
 意地悪な気持ちがむくりと胸の奥で鎌首をもたげる。ちょいちょい、と手招きをして、みょうじの耳元に唇を寄せた。
「みょうじ」
 残りのカツサンドを口元に持っていった状態でぽかんと硬直するみょうじに、にこりと、女子に受け、みょうじから羨まれる顔で微笑んでみせる。囁かれた自分の名の意味を考えているのか、口を開けた間抜け面を晒したみょうじは、数秒かけてようやく理解に至ったらしい。
 サンドイッチを握りつぶして、わなわな震える彼を、涼しい笑顔で見守る。面白いくらいあからさまに、首から耳から頬から、みょうじは赤くなった。
「じょ、じょうだん……」
「冗談やあらへんよ」
 目を細めてみせると、みょうじはついに椅子を蹴倒して立ち上がり、広げたばかりの昼食をほっぽって教室の外へ飛び出していった。ざわめく昼休みの教室に取り残された隠岐は、「あーあ」と一人ごちる。
 案の定、逃げられてしまった。ちょっと意地悪がすぎたかとも思うが、自分に向けられる好意に恐ろしいほど鈍い奴には、あれくらいでちょうど良いのだろう。苛立ちをきっかけとした衝動的な告白ではあったが、後悔はこれっぽっちもなかった。むしろ、これからが俄然楽しみになってきた。
 彼が何度逃げても、そのたびにまた同じように囁いてやればいい。それこそ、何度フラれても女の子を構い続けるみょうじのように。狙撃手の粘り強さをなめてもらっては困るのだ。



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