部誌9 | ナノ


最愛、在れ



 惹かれるって、こういうことなのかと直感した。

 彼との初対面は、衝撃的だった。彼氏と別れ話をしていた深夜のファミレスで、激昂した相手に殴られた瞬間に、彼――キャメルさんが仲裁に入ってくれたのだ。椅子から転げ落ちて殴られた頬を押さえるおれを暴力男から隠す大きな身体に、胸がぎゅんっと締め付けられたのを覚えている。短気なバカは激昂したまま、おれの前に割って入ってくれたキャメルさんにも苛立ちの矛先を向けて、あろうことか殴りかかったのだけど、キャメルさんは見事な身のこなしで拳をかわし、ついでにそいつを床にねじ伏せてくれた。確かにおれもひどいフり方をしたかもしれないけど、手を上げたら悪いのは全面的に向こう。ざまあみろ、とキャメルさんの背後から舌を出したら、考えの足りないバカ男がますます頭に血を上らせて暴れていた。
 それからすぐに警察が来てバカがパトカーに引き取られた後、キャメルさんが「大丈夫でしたか?」と優しく聞いてくれたときには、もうおれは彼に夢中だった。
 なんてったって優しい。強い。強面で大柄の外国人だから、一瞬身構えてしまうけれど、話してみると穏やかな物腰で、なかなか子供のようにおちゃめな人だった。――可愛い。絶対付き合いたい。ていうか抱きたい。さっき別れた彼氏のことなどすっかり頭から追いやって、おれはキャメルさんの連絡先を「今度お礼したいから!」と聞きだしていた。

 自分で言うのもなんだが、おれは見目が良い。身長には恵まれなかったものの、女の子のように大きい目とか、小さい鼻と口とか、白い肌とか、例えるなら典型的な某男性アイドル事務所っぽい顔だ。煙草や酒を買うときに毎度年確されるのは鬱陶しいけれど、女も男もちょっと積極的にしかければコロッと落ちてくれるから、交際相手には困ったことがなかった。ちなみにこの愛らしい顔ゆえ誤解されがちだが、おれはタチ専だ。性別問わず狙った人間は余さず抱いてきた。
 いままで散々遊んできたのは否定しない。否定しないけれど、キャメルさんに対しての気持ちは、いままでのものとは全く別物だと直感していた。他人の笑顔を本気で「かわいい」なんて思ったのは始めてだった。あんなにゴリラみたいなのに。
 いままでおれが落とせなかったやつは一人もいない。だから次に会ったときには、キャメルさんだって陥落させられると信じていたんだ。おれは慢心していた。

 数日後、お礼に食事をご馳走させてほしいとメールを送ったのに、断られた。
 アパートのベッドに寝転がりながら返信を確認したおれはスマホを眺めて呆然とした。至極丁寧な文面で、「仕事の都合で、会うことは難しい」という内容が綴られていたのだ。外国の人なのに、日本語の読み書きは完璧らしい。かっこいいなあ。身体を鍛えているだけじゃなくて、頭もいいんだろう。心優しくて文武両道ってほんとにかっこいい。外国まで仕事をしにきているってことは、エリートなのかも。
「――じゃなくて! どうして断るんだよぉ!?」
 にわかには信じがたかった。このおれが、誘いを断られるなんて。そのあとどんなに食い下がっても、彼は「どうしても外せない大事な仕事があるから」と頑として聞き入れてくれなかった。
 嫌われているわけでは、ないとおもう。
 じゃあ、彼に既に想い人がいる? これはあり得ることだ。なんと言ってもあんなに紳士的で、可愛い人だ。どんなに目つきが悪くて第一印象があまり良くなくてゴリラでも、少し会話をしてしまえば誰もがその魅力に気づいてしまうだろう。まあ、彼が誰かを好いていたとしても、おれの可愛さで振り向かせればいいんだけど。ベッドまで持ち込めばこっちのもんだし。
 しかし、何にしろ会えないことには進展は望めない。どうしたもんだろう、とおれは頭を悩ませた。

 自分が、こんな一人の人間の態度に一喜一憂することになるなんて、思っていなかった。だっておれは、他人を振り回す側だったし、その特権を持っていると思っていた。それが一回会っただけの男に、ここまで心を鷲掴みにされてしまうなんて。
「むかつくなぁ……」
 言葉と裏腹に、おれの口元は笑みを形づくっていた。



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