部誌9 | ナノ


最愛、在れ



脚に付けてあった鎖を切ったのが、一ヶ月前。普通のガキが逃げ出せば、熟睡中であっても気付いて、苦労せず捕獲できるから。鎖に噛み付いてこのガキの歯が欠けるよりはマシ、という判断だった。その時にはすでに、少年の歯は数本、欠けていた。綺麗な歯並びの少年の口をこじ開けながら、フェイタンは「これ乳歯、問題ないね」と言っていた。口をこじ開けられて、少年は涙と鼻水といっしょに小便を垂らした。
彼がここに連れられてきたのは、一月半前。マチの糸でぐるぐる巻きにされていた。元は美少年だったのだろう。金色の髪の毛はくすんでいて、傷と汚れだらけの顔は見る影もないが、よく涙をこぼす瞳は美しいサファイア色をしていた。
それを、連中ときたら「死なせるな、が団長命令」とか抜かしながら、置いていった。
ただでさえ、ガキの世話なんてなれない上に、このガキは怯えて怯えて、自殺志願者かというくらいにがむしゃらに暴れた。どんなに暴れても、ノブナガはなんともしないのだが、飯を食わせないといけない、トイレに行かせずに置いておけばその場で漏らす、と碌なことがない。
その少年が、どうやら自分とは違う言語を使う、と気付いたのが確か、半月前だった。彼が脱走を諦めたのもそれくらいだった。どんなにこっそり逃げても簡単に捕まることに、諦めてしまったようだった。
ノブナガが触れても、漏らすことがなくなったのは一週間前。あまりに臭いから、風呂に入れることにした。ウヴォーギンのような獣臭とは別の汚臭がすっきりなくなって、くすんでいた金髪が、キラキラと輝いた。
黄金とは違う軽やかなきらめきを、ノブナガは純粋に綺麗だと思った。旅団の中で、シャルナークなんかも綺麗な色の髪の毛をしているが、彼のもつ金色は別物だった。なにより、柔らかい手触りをノブナガは気に入った。
乾かしながら手で梳くと、少年は気持ちよさそうに目を細めた。事情をわかっていなさそうな少年のようすに、ノブナガははじめて、この少年は何処から、何故、ここ連れてこられたのかを考えるようになった。
汚れを洗い流して、あっちこっちにあることに気付いた痣は、この数日の間に段々と消えていった。
そうすると、見栄えのする美少年の姿が浮かび上がる。オマケに物を食わせると、たいそう優雅な仕草で食べる。
粗雑なあばら屋で、板の上に布を広げて眠らされるこの少年に、珍しく同情した。
旅団は、心のない集団ではない。それなりに仲間に対する思いや、何かはあったりする。でも、それは略奪対象に向けられるものではない。
その気持ち悪さに、このガキをはやく取りに来ないか、とノブナガは悪態をついた。

パチン、パチン、と鋭い音に怯えていたのははじめだけで、少年は大人しくノブナガに小さな手のひらを預けている。爪の間に入った汚れをきれいに取り除いて、爪を切っていく。長い間伸びっぱなしにしていた爪は切りごたえがあった。少年の爪は、彼の身体のすべてのパーツと揃いで誂えたようにとても綺麗な形をしていた。小貝のようなピンク色の爪は、それだけで飾り物のようだった。数々の宝飾品をその価値がわからないなりにも見てきたノブナガにもそう見えるのだから、多分、世間一般で言うと、もっともっと美しいのだろう。
手の爪をすべて切ってしまうと、次は足の爪にうつる。ノブナガが手を出すと、心得たように少年が足を差し出した。
不思議と、この少年の足の前にひざまずくことを、屈辱だと思わなかった。

カット屋みたいなセンスは無かったが、伸び放題だった髪の毛もきった。こういうことはマチにさせたほうが良いのだろうと思うが、彼らは最初にこの少年を預けにきたきり姿を見せない。
すっかり綺麗になって、ノブナガはパクノダが届けたらしい、小さなサイズの服をその少年に着せた。
靴下を履かせて、小さな靴を履かせて顔をあげると、綺麗なサファイアの瞳と目があった。
少年は、ふ、と柔らかい表情をした。乏しい表情だったが、それが笑っているのだとノブナガにはわかった。

靴を履かせた次の日、懸念したような脱走は起こらなかった代わりに、預けるときも姿を見せなかった団長、クロロ・ルシルフルが現れた。
「このガキいつまで預かってりゃいいんだ」
「……まだ、だな」
黒髪をオールバックにした好青年。これが、幻影旅団の団長だった。クロロは、自分が頭だが、蜘蛛は頭が無くても動く、と、自分に価値が無いようなことを言っていたが、ノブナガはそうは思わない。自分は団長がクロロだから、命をかけるのだと、そう思っていた。
クロロは家の中に入らずに、軒下を選んでノブナガの疑問に応えると言った。
暑さを疎んで日陰に入る幻影旅団の団長というのは奇妙な姿だと、ノブナガは思った。
「ったく、いきなり言葉もわからねぇガキを押し付けやがって……もっと適任いただろ? シャルナークとか」
「少し問題が起こったんだ」
クロロは、淡々とノブナガに説明をする。
「手違いであの子供の目の前で、両親をフェイタンが殺したせいで、その場に居たメンツだと世話が出来る状態じゃなかった」
なんとも、それらしい理由にノブナガは舌打ちをした。仕事をサボった分のツケがまた大きくついたものだった。
「……んで? あのガキはなんなんだよ」
ただのガキを幻影旅団がさらってくるワケがない。人体のパーツの中には、珍しい条件で発現して、希少な価値を持つものがある。例えば、クルタ族の目。
クルタ族の目は、感情が昂ぶった時に、非常に美しい緋色になる。「世界七大美色」と言われる緋色は、その状態になったまま殺害することで、永遠に瞳にその色を残す。旅団はその色を手に入れるために、クルタ族を拷問し、最も美しいとされる怒りによる緋色を出して、そして殺した。
多分、その時に似たような理由だろう、ということはノブナガも薄々感じていた。
「……幸福の涙を流す、奇跡の少年、だそうだ」
クロロはそう言った。
「幸福?」
反吐が出そうな単語だと、ノブナガは思う。足元に作る、軒の影と陽の光のコントラストを見ながら、自分には縁のない言葉だと思う。
好き勝手に生きても、何をして楽しくても、多分きっと、幸福という言葉を、ノブナガが本当に実感することは一生ないだろう。そのように生まれついたのだと、ノブナガは思っていた。
「……泣かせりゃいいのか」
「幸福、と言っただろう」
クロロが言う。複雑なことは、あまり考えたくない。ノブナガはイライラしながらため息を吐いた。
「どういう条件か、具体的なことは分からないが、彼が流した「幸福の涙」は素晴らしい宝石になるそうだ」
「……へぇ」
既にあった分は、この子供の両親が、旅団から逃れようとして火をつけて、なくなってしまったらしく、まだ、クロロは現物をみたことがないらしかった。
責任重大だ、とノブナガは顔をしかめた。
ノブナガはその「幸福」をこの両親をなくして、無法者の自分に世話されている少年が、手に入れられる気がしなかった。その気のなさを、クロロは感じたのだろう、横目にノブナガを見る。
「俺は、そう悲観していない」
クロロはそう言いながら、去っていく。その背中を引き留めようとして、ノブナガは第三者の気配に、はっと振り向いた。少年が、扉の隙間から、クロロの背中を見ていた。
ノブナガは、そっと、そっと、その扉を開ける。ばっと飛び出してきた少年が、ノブナガの足に飛びついた。
陽の光で、美しい金色がきらきら、きらきら輝いていた。
少年の身体はひどく震えていて、確かに、団長のことを怯えているのだろうと、ノブナガは思う。
その団長とグルの自分にしがみついて震えて泣く少年を、ノブナガは不憫だと、そう思った。



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