部誌9 | ナノ


最愛、在れ



 人の顔が覚えられない。
こう言うと、よくある、だとか、自分もそうだ、と返されることが多い。

 近所に日本初の一卵性の六つ子が住んでいる。
そう言うと、大体「覚えられなくて当然だ」と言われる。

 ではその二つが同時に起こるとどうなるか。
実のところ、おれ自身にもよく分からない。
唯一つ断言できるのは、どれが何松であろうとおれには関係ないということ。

 悪魔が人の皮を被っているだけだ。
 

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 小学生の頃、何故かよく分からないがおれは六つ子達のイジリの対象だった。今の時代ではイジメに当たるものも幾らかあったような気がしないでもないが、小柄で女顔しかもトト子ちゃんと家族ぐるみで仲良くお付き合いしているとくれば、やつらにとっては目障りだったのだろう。揃いの服を見かければ六人居なくとも逃げ、嫌な予感がすれば全力でその場から立ち去る程度には六つ子恐怖が俺に染み付いた頃、やつ(またはやつら)にタックルを食らっておれは階段から落ちた。幸い怪我は大したことなかったものの、六つ子の両親から非常に丁寧な謝罪を受けた。六つ子に会いたくないとこぼしたらトト子ちゃんが代わりにしばいておいてくれたらしい。それ以来クラスが同じになることもなく、おれの生活は非常に穏やかなものになった。


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 おれの家の近所には小ぢんまりとした釣堀がある。月に1・2回ほど通っていて、特に企画に行き詰った時なんか無心になれるしなかなか気に入っている。
 そこで変な奴に懐かれた。半年くらい前だったか、あまりに釣れなかったらしく周りにいちゃもんつけて騒ぎまくっているやつがいたので見かねておれの分の唐揚げを少し分けてやったのだ。べらべらと回っていた口はおれの顔と唐揚げを見た瞬間にぴたりと縫い合わされ、漸くたって不貞腐れたように「……ありがと」と言った。以降やつが喋っているのを聞いたことがない。たまに会うと斜め前に座っり、一言も喋らず食ったら帰る。変なやつだ。


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 おれは動物好きだが、父は猫アレルギーで母は犬を恐がるので実家でペットを飼ったことがない。代わりと言ってはなんだが家の近くの公園で野良猫たちとじゃれている。町内のボランティアにも参加していて、避妊去勢手術を受けさせるために捕まえたり糞を片付けたりと我ながらなかなか頑張っている。ボス猫にはまだ威嚇されるがな!
ある猫なんか、最初は警戒心剥き出しでおれが歩み寄ると逃げていたのだが、先月やっとおれの膝の上で丸くなるところまで仲良くなれた。あの眠いんだかやる気が無いんだか判別しづらい態度はなかなか忘れられない。あいつ元気にしてるかな。


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 よく行く会社近くのスタバァに、こっそりシロップやクリームをおまけしてくれる店員さんがいた。混んでいる時以外は、いつも小声で「増量しときますね。内緒ですよ」と爽やかな声で笑うのだ。最近辞めてしまったらしい。おれが女の子だったら惚れていたかもしれない。もしくは店員さんが女の子だったら。おれ甘党だし。まあ今はトト子ちゃんと同レベルにかわいい彼女がいるから関係ないんだけど。ああいうオシャレなカフェの制服って、普段より1.3割増しくらいに美男美女に見えるよな。なんでだろう。

 
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 僕たちには、特別な存在がいる。トト子ちゃんとはまた別の、いわば聖域とでも言うべき人。いじり甲斐があって、生意気でかわいくて、大好きで大好きで追いかけては囃し立てた。ある時あの子を見かけて飛び掛かるように抱きつこうとしたら避けられて、あの子は、なまえは、階段から足を踏み外した。

 親にも先生にもすごく怒られたし、トト子ちゃんなんて泣きながらおそ松くん達なんて大っ嫌い、とまでのたまって一人一回ずつ往復ビンタを頂いた。その後は相変わらず逃げ回るけれど、僕たちのうち誰か一人が近付いても逃げなくなった。というか、僕たちが「松野家の六つ子の誰か」である、ということ自体が分からないようだった。

 その時、僕たちは決意した。
 もう絶対なまえには近付かないと。

 だから大人になったなまえと時々遭遇していることは、他のやつらには絶対に秘密なのである。


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 六つ子の悪魔は今も俺の近くに住んでいるらしい。
 狭い町内だ。全員ニートだとかアイドルの追っかけしてるとかチビ太のおでん屋で見かけただとか噂は聞くし、気付いていないだけで実際すれ違っているのかもしれない。でもそんなのどうだっていい。わざわざ不愉快な想像はしたくない。人にされて嫌なことはしない、それを信条とするおれの生活は普通に幸せで、それなりに満たされている。
 嗚呼、あいつらがおれの前から消えてくれて本当に良かった。



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