部誌8 | ナノ


初夢



なまえの髪の毛は癖がつきやすい。濡れたまま寝たりするとすぐにひどい癖がついて、それが翌朝どんなに頑張ってなおしても治らない。ハード系のワックスで固めたら寝癖の形に固まってしまって唖然として以来なまえは整髪剤の類を信頼しなくなった。
だから、なまえはいかに疲れていようとも髪の毛をしっかり乾かすことにしていた。念入りに髪の毛を乾かしてから洗面室を出る。
寝室の電気は消えていて、枕元の読書用ランプだけが付いている。インテリアとして置かれていて、使われることのないそのランプが、赤っぽい色をしていることをなまえは久しぶりに思い出した。ダブルベッドの上のシーツの膨らみを認める。その膨らみはもぞもぞと動いて、なまえを振り返る。白い布がするりと褐色の肌の上を滑った。シーツの下から現れた見事な裸体になまえは顔をしかめた。とっくに夢の中だと思っていたのに、彼はまだ起きていて、ドアのところにたったなまえを認めると不満気に声を上げた。
「オイ、なんで服着てんだよ」
「僕はどっちかというと、きみがなんで服を着ていないかってことを聞きたいかな」
なまえは室内に進むとベッドの端に腰をかけながらボヤく。彼の分の寝間着は出しておいたはずだ。なまえがシャワーに行った時点ではまだ着ていなかったが、出しておいた。先にシャワーを浴びたザップ・レンフロがなまえのためにシーツを捲ってなまえが入る場所を指定する。ザップの髪の毛は微かに濡れている。乾かさずにベッドに入ったようだ。ザップは就寝前のシャワーを義務と感じていない不衛生な男だが、なまえがシャワーを浴びるまでベッドに入る事を許可しない、と厳命したために今さっき、なまえの前にシャワーを浴びたばかりだ。ザップが示すその場所に寝ることは良いとして、なにか嫌な予感がした。
「なんでって、そりゃお前、これから脱ぐもの着てたって手間になるだろうよ」
「脱がないから必要ないだろ」
「ソッチのフェチか」
「馬鹿を言うな」
腰回りに伸ばされた手を外しながらなまえはぐるっと身体を反転させて、素っ裸のまま、なまえのベッドに潜り込んだ男と顔を合わせる。
銀髪に褐色の肌。抜群のプロポーションに、キュートな顔。ザップ・レンフロは女癖が悪い。(賭博癖やらなにやら欠点を上げれば枚挙に暇がないので今回は女癖だけに触れることにする)同時並行でたくさんの女性にアプローチをかけ、付き合う。器用とも不誠実とも呼べるが、取り敢えず、女性というものが好きで、その付き合いが切れることはない。今現在も、ザップに複数の彼女と呼べるものが居ることをなまえは知っていた。
対するなまえは、可愛らしい顔、と呼ばれることはあっても、イケメンと呼ばれることはない。可愛いというのは、犬のような、という意味であり、中性的というわけでもなく、誰がどう見ても男だという容姿だ。それなりの戦闘をこなす程度には身体つきもしっかりしている。並の男寄りは腕っ節も強いはずなのだが、雄としてのセックスアピールに欠けるのか、女性にモテたためしがない。
酒に酔っているわけでもなく、HLに溢れる妙なドラッグをキメているわけでもなく(もしキメていたなら、なまえは彼を自室に招いたりはしなかっただろう)シラフのザップ・レンフロが何をどう思っているのか。あまり詳しく聞くのも怖い話ではあるが、話をつけなければどうやら先に進めそうにないし、何か事故が起こっても怖い。
「僕は、きみが寝る場所がないって言ったから、貸してあげるって言っただけだよ。きみとセックスするなんて言ってない」
「え、シねぇの?」
ザップがいかにも意外というように目を丸くした。リアクションに顔をしかめながら、なまえはため息を吐く。
正直なところ、早く寝たいのだ。もうかれこれ何時間寝ていないのか、30時間を越えたあたりからカウントするのをやめた程度に寝ていない。ニューイヤーに沸くHLでは、てんやわんやの大騒ぎで、あっちこっちで起こる珍事件に対する対処に追われていたのだ。ザップも同じ事情で、静かに寝る場所が欲しいと言ったから、なまえが泊めてやっても良い、と提案したのだ。徹夜明けで思考回路がおかしな方に向いているのかもしれない。そんなことを思いながらなまえは目頭を抑えた。
「きみ、男とする趣味があったの?」
目の前の男を睥睨すると、よっぽどなまえの顔が怖かったのか、ザップがぐっと身体を引いた。
「なんか、不味いクスリでもやったの? 新年早々宗旨替え?」
あくびを噛み殺して、なまえは目の前の男に問いかける。迷惑極まりないとばかり思っていたが、よく考えれば同僚の一大事かもしれない。
「そ、そんなんじゃねェし」
「じゃあなに?」
神妙に話を聞こうかと思っていたが、ベッドの柔らかさを感じた部分からだるさと眠気が追ってきて段々面倒になる。
「オマエ、オレのこと好きだろ?」
「ハァ?」
斜め上のザップの言葉に、眠気が吹き飛んだ。なんて言った? なまえが、ザップのことが好きだって、そう言ったのか?
至って真剣そのものという顔のザップに、なまえは自分の頬を抓った。しっかりと痛い。
「……ナニしてんだ?」
「いや、僕は寝てるんじゃないかって思ったんだけど……、あんまりにも奇想天外すぎて……、何をどう解釈したら、そういう結論に至ったか聞かせてもらってもいいかな?」
ザップは、心底理解できないという顔で首を傾げる。
「……オレの勘違い、か?」
「だと思うよ」
少なくとも、なまえはザップのことを好きだと思った覚えは無い。同僚として仕事に関する一部の面に対して尊敬しているが、それが恋愛感情だったことは一度もない。
誰かを好きになったことが一度もないために、断言することは出来ないが、もし好きになる人がいたとして、それがザップ・レンフロであることは絶対に無いだろう。
眠気でおかしくなったに違いない、となまえはそう思いながらベッドの中に潜り込む。先にベッドに潜り込んでいたザップがなまえにシーツをかぶせる。
「というか、きみは僕がきみのことを好きだから、誘われて僕とセックスするのか」
そういえばというようになまえは何事もなかったかのように、全裸のまま、枕を引っ掴んで寝支度をしているザップにたずねた。
「それも変な話よなぁ……」
狐につままれたというのはこのようなことなのか、ザップもそういえばと腑に落ちない様子だ。眠気のせいだろう、とお互いに同意する。
「そういや、今から見るのが初夢だよな」
「きみは、僕がきみに惚れてるなんていう白昼夢を見たことを含めなければ、そうだな」
読書灯に手を伸ばす。使っていないライトだから、どこにスイッチがあるかわからなくて弄っていると、背中の方から抱き寄せられるように腕が伸びた。
パチン、と灯りが消えた。赤いライトの残像が網膜に焼き付いている。その残像を眺めながら、ザップの吐息を後頭部に感じた。
「……良い匂い、する」
囁くような声がした。



prev / next

[ back to top ]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -