部誌8 | ナノ


見せない傷跡



俺の家は裕福な家だった。
親父の仕事は、他の国との交易。
ガキの頃から色んな物を見てきたし、服装だってこの国の伝統的な着物じゃなくて、他の国の洋服ばっかり着てた。
食べ物も何だって食べられて、金持ちしか入れない学校にも入ってた。
生きるのに、困る事なんて何もなかった。

それなのに、相手の国が軍事化すると同時に、交易は停止。
交易が出来なくなると、当然金は入らなくなって、だんだん生活が出来なくなってきて。

「結果、お前さんだけ置いて残った銭持って親は夜逃げかい」
「金ありゃ俺みたいな馬鹿息子でも気にならないだろうけどな」
「それでウチに来たと、まぁ言いたい事が無い訳じゃないけど黙っといてやる、が、余所と違ってここは本気で汚れた仕事しか無いよ」
「アンタの言いたいだろう事は花街の門番さんに散々言われたよ、これでも覚悟して来たんだ、ここに住まわせてもらいたい」

一人で生きて行かなくてはならなくなって、どうやって生きたらいいのか沢山考えて、俺なりに努力して行動してみたけれど、結局行き着いたのはこの国の花街のこの一座だった。
一座の座長だというこの男、聞けば相当昔から生きているらしい。
外見では四、五十代ぐらいかと思うけれど、もっともっと生きているとか。
他の国じゃ獣が人間の姿をしてたり、長生きな動物の人は同じように長生きってのは普通だけど、この国ではほとんどそんな奴はいない。
みんな、元から人間で、寿命だって長生きしても百年いくかどうかだ。
その変わりに、この座長みたいに極端に寿命の長い一族みたいなのがいたり、妙な姿形をした生き物が、ごく僅かではあるけれど、いるらしい。
それらを化け物なんて呼ぶ奴もいるけれど、危害を加えることがないのなら、俺らと何が違うんだろうなんて思う。

「アタシの顔じっと見て、どうしたんだい、何かあるのかい」
「え、あ、いや、その」
「なんだい、言いたいことがあるならお言いよ」
「あの、その、アンタ、長生きしてるって聞いてつい、ほんとかなって」

俺の言葉に、座長は少しだけ機嫌を損ねた様子だった。
聞いてはいけない事だったんだと慌てるものの、聞いてしまったんだから仕方がない。
そもそも言えって言ったのそっちだしと思いながらも、追い出されて仕舞うんじゃないかってどきどきした。

「誰から聞いた・・・って有名な話だ、どうでもいいか」
「有名な話って」
「同じ場所で長いこと生きてりゃ、誰だっておかしいって思うだろ」
「どのくらい生きてんの・・・?」

俺の質問に、座長は懐から紙を取り出してきた。
ボロボロになった紙と、最初のよりは少し新しい紙と、おそらく最近の物であろう新しい紙。
それぞれには十人程度の子供の似顔絵が描かれていた。
全員、この一座の住人ということらしいけれど。

「古い奴二枚の絵の子供はね、皆もういない、描かれていない子もいるけどね。それぞれ、そうだねぇ五十年ってとこかね、ま、例外もあるけど」
「・・・五十年が、二枚、百年以上生きてるって答えでいいの」
「そうさねぇ、たぶんもっとだとは思うけど、もういちいち何歳だとか数えてないねぇ、ジジイだよ、ジジイ」

そう言いながら座長は笑っているけれど、それだけこの人は仲間を失ってきたって事なのだ。
ここに描かれている子供達はみなここの一座の住人で、汚れた仕事をして生きてきた。
見ればボロボロの紙に描かれた住人なんて、本当に子供ばかりだった。
その中に、見覚えのある顔があった。
一番最初に描かれている子供。

「この唯一無愛想に描かれてる薄い顔の子供ってもしかしてアンタ?」
「悪かったね薄い顔で!無愛想はそれが売りだったんだよ!」
「そんな怒らなくても!というか、最初からいる子供だったんだ」
「アタシが作った一座だからね、全部、見てきたよ」

全部。
生も死も、幸も不幸も、全部。
一人で抱えてきたんだろう。
きっと沢山泣いたのだろう。
でも、この人はそれを他の子供達には見せてはいないんだろう。
沢山傷ついて、無理矢理それを埋めて、そうやって生きてきたんだろう。
そんなことを思いながら、また、座長の顔をじっと見ていた。

「・・・お前さんね、アタシによく似てんだ、境遇がね」
「!」
「アタシも裕福な家柄だったんだけど、捨てられたんだよ、妹と二人でだけどね」
「妹さんは、妹さんだって長生きなんじゃ、一緒にいたんじゃ…」

俺の発したその疑問に、座長は無表情のまま、少し息を吸って言った。

「さぁ、知らないね」

その声は、酷く酷く、震えていた。



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