部誌8 | ナノ


Boys be ambitious!



「座右の銘ィ?」

太刀川隊の作戦室で、変に裏返った声が響いた。声の主はみょうじなまえさん。太刀川さんの同級生で、ボーダーでエンジニアのひとだ。よく太刀川隊の作戦室にサボりにきている。太刀川隊の一員であるおれ、出水公平とももちろん仲がいい。なんせ太刀川さんに泣きつかれ仲間だからだ。何度もレポートを共に仕上げたことがある。おれ、高校生なのに。
みょうじさんはエンジニアをやってるくらいだから太刀川さんよりずっと頭がよくて、今日みたいにおれも柚宇さんも作戦室を提供する代わりに、勉強を教えてもらっている。

「そう。どんなのがいいかな」

「何、現文の授業? そんなガキみてえな宿題あんの」

「あー。そうじゃなくて、受験対策の一環? 念のために考えておけって、先生が」

「高2でそんなんやってたっけ……座右の銘ねえ」

そんなもんねえわ。未成年のおれたちへの配慮か、パイポのフィルター部分を噛み潰しながらそう呟き、ソファに気だるげに足を組んで座っているみょうじさんは手元の雑誌に視線を落とした。読んでる本はよくわからない英語の本で、もしかしたら大学のレポートに必要なものなのかもしれない。
邪魔したら悪ぃかな、と思わないことはないけど、そもそもみょうじさんは集中したいときにはここにはこない。だからまあ大丈夫だろうと、こうしてじゃれてる。みょうじさんはダメなときはちゃんと駄目って言ってくれるし。ほんと、できた大人だ。比較対象が太刀川さんだから余計にそう思うかもだけど。

勉強も課題も終わらせて、一息ついていた時の、何気ない話題提供だ。柚宇さんはお茶を淹れにいってくれていた。前回はおれが淹れたから、今回は柚宇さんの番なのだ。
そういえば、と思い出しただけで、別に切羽詰まっている訳でもない。でも考えついたら気になってしまう。だって座右の銘なんてみんなあるもん? 学校で言われるまで座右の銘なんて考えたこともなかったんだけど。
でも、そうか。みょうじさんもないのか。

「どんなのがいいんですかね? 四字熟語とかすぐに出てこないんですけど」

すぐ出てくるのが千発百中とか焼肉定食とかそんなんだ。四字熟語と縁がなさすぎる。

「座右の銘は別に四字熟語である必要ねえぞ」

「えっ、そうなんすか」

「なになに、なんの話〜」

マグカップを三つ乗せたお盆を持ってきた柚宇さんが話に混じる。ありがとうというお礼と一緒にこれこれこうで、と簡単に説明すると、ああ、と柚宇さんも頷いた。

「わたしも面接とかで必要になるかもって言われた」

「やっぱいんのか〜」

「わかんないよね、いきなり言われても」

「ですよね」

「お前ら大丈夫か?」

コーヒーを受け取ったみょうじさんが呆れた視線をこっちに向ける。座右の銘がないのってやばいんだろうか。まあおれはともかく、柚宇さんは受験とか就職のこと考えたら、もうちょっと必死になった方がいいのかもしれない。ボーダーに就職する気なら問題ないんだろうけど。

「座右の銘なんてそれらしいこと適当に言っときゃいいんだよ。それより面接の対策とか学業頑張りなさい」

「はい、せんせー。適当って例えばどんなのですか」

「あっ、おれも聞きたい。適当って例えばどんな?」

今でさえ座右の銘なんて出てこないのだ。参考までに聞いておきたい。
おれと柚宇さんの申し出に、みょうじさんはまだコーヒーを口にしてないのに苦い顔になった。自分で調べろって言われそうだけど、適当と言い出したのはみょうじさんなので、是非とも教えて欲しいところ。
行儀悪くコーヒーを啜ったみょうじさんは、大きな溜息を吐いて応えてくれた。

「色々あるだろ。継続は力なりとか、時は金なりとか」

「おお……四字熟語じゃない……」

「Never give upとか英語のやつもいるしな」

「あっ! あれでしょ、ぼーいすびーあんびしゃす!」

はい! と手を挙げた柚宇さんに、みょうじさんは微笑んだ。

「ああ、それもいいかもな。全文だとなおいい」

「全文?」

「あー……詳しいこと忘れたから自分で調べて」

あ、嘘だ。玉狛の白い髪の奴でいうところの、つまんない嘘つくね、ってやつだ。絶対にこれ面倒になったな。
でもおれも柚宇さんも詳しく知りたい訳でもなかったので、素直にハイと返事して終わった。課題も無事終わったのに、これ以上勉強したくない。

「ぼーいずびーなんとかって、どういう意味ですか?」

「おい中学レベルの英語だぞ……」

「お、おれわかります! 少年よ、大志を抱け! ですよね!」

柚宇さんやばい。太刀川さんと同レベルでは……げっそりしたみょうじさんの気持ちがわかってしまう。柚宇さんの成績はみょうじさんにかかっているといっても過言じゃない。太刀川さんと柚宇さんの二人の面倒を見るよう、忍田さんに頼まれているのだ。だからこそおれらの作戦室でこうしてダラダラしてても開発室のひとたちに怒られない。太刀川さんという免罪符で、堂々とここでサボってる。その代わりおれもついでに教えてもらえるからありがてえけど。

「たいし?」

柚宇さん、大志もわかってない感じなのか……? みょうじさんめっちゃ頭痛が痛いって顔しててやばい。おれも柚宇さんちょっとやばいって思った。

「つまり、でっかい夢見てそれを実現させるために頑張れよっていう激励だよ」

「へー、そうなんだ。じゃあわたしのたいしは、新作のゲームをクリアすることかな〜」

「……うん」

みょうじさんが柚宇さんを諦めかけている……!
ゲーム厨の柚宇さんからしたら立派な大志だろうけど、みょうじさんにとったらとんでもない大志だろうな……みょうじさんなんだかんだ根っこは真面目だし。
とりあえず空気を換えたい。場を和ませる機転の利いた一言を言いたいけど、必死に頭を回転させてもそう簡単に出てこない。戦闘ならこんなことねーのにな!

「あー、えっと、じゃあおれの大志はみょうじさんにイチゴジャムを作ってもらうこと……あっ、そうだよそうそう! みょうじさん! イチゴ売ってた!ジャム作って!」

そういえばそうだった。スーパーで見かけてから、ずっと提案しようと思っていたのだ。
みょうじさんはエンジニアだからか生来のものか、なんでも器用にこなす。料理もそのうちのひとつで、凝りまくったものは作らないけど、簡単なものならちゃちゃっと作ってくれる。
で、そのうちの最たるものがイチゴジャムだ。みょうじさん曰く「砂糖とレモン果汁ぶちこんでひたすら煮るだけ」というイチゴジャムを去年おすそ分けしてもらって、おれは大ファンになってしまった。なんせゼラチンで固めてもない、純粋に苺だけ! って感じだし。コンフィチュール? ってやつに近いらしいけど、おれにはよくわからん。けどうまい。
誕生日にかこつけて無理矢理作ってもらったみかんジャムもうまかったけど、この季節ならイチゴジャムだろ。

「ええ……めんどいからやだ……」

うんざりした顔で拒否してくるみょうじさんだけど、おれはみょうじさんが押しに弱いことを知っているのだ! まあおれだけじゃなくて柚宇さんや太刀川さんも知ってるけど!
持ってた本で顔を隠すみょうじさんの座るソファの横に移動して、駄々っ子の子供のように体を揺さぶる。三半規管弱めらしいみょうじさんがこの攻撃にも弱いのを知っているぞ!

「作ってー!」

「まずイチゴ買いにいくのがめんどい」

「お使いするから!」

「灰汁取りもめんどい」

「その作業結構好きだって前いってた!」

「器の煮沸がクライマックスめんどい」

「あ、ああ〜」

煮沸は確かにめんどくさい。ジャムを入れる保存用の容器を鍋に突っこんで煮沸しないと、雑菌やカビの温床になるらしい。てかなった。ジャムのふたに白いカビがついていた時の絶望は半端なかった。でもわざわざでっかい鍋にお湯を沸かして、その中に保存容器を入れるだけの作業は煩わしい。それは理解できる。

「てか作り方教えただろ、自分でやれよ」

「そうなんだけど! 頑張ったけど! みょうじさんが作った方がうまいんだもん!」

「作ったのか……」

作ったとも!
でもやっぱりみょうじさんの作った方がうまいし、煮沸作業が甘かったのかカビ生えたし!
どうせ食うならうまい方がいいに決まってる。

「みょうじさん、わたしもみょうじさんのイチゴジャム食べたい〜」

いそいそとおれとみょうじさんに寄ってきた柚宇さんが、みょうじさんの足元に座り込んで見上げた。女子高生の上目遣いパねぇ。胸が強調されるような座り方に、みょうじさんは嫌そうな顔をした。巨乳女子高生だぞ!? どっかおかしいんじゃねえの!?
そんなおれの思いが伝わってしまったのか拳骨が落ちてきた。すいませんでした。

おれだけがみょうじさんお手製のイチゴジャムを欲している訳ではないからか、みょうじさんはおれら二人から目を逸らして溜息を吐いた。

「あーもー、出水、国近。明日くらいに誰か適当に呼べ」

「えっ」

「煮沸すんのめんどいからジャム食いきろう。鍋いっぱいのジャムを好きなだけかけていいパンケーキパーティーしよう」

「やったー―――!」

思わず万歳してしまうくらいには、嬉しい。去年一回しか作ってもらえないし、作り方習ったけどみょうじさんと同じ味にはならないしで、夢にまでみたイチゴジャムだ。嬉しいに決まってる。いやみかんジャムもうまかったけどね! でもイチゴジャムは特別だろ!

「おれパトロンとして東さんとか冬島さんに声かけてみるわ」

味が切れたのか、噛んでぐちゃぐちゃになったパイポをゴミ箱に投げ捨てて新しいのを出して口にしていた。はあ、と大きな溜息を吐いているから、もしかして後悔してるのかも?
ていうか、ここで東さんや冬島さんの名前が出てくるってことは、東さんも冬島さんもみょうじさんのイチゴジャムのファンなのか。

「おれ槍バカとか呼んでいっすか!」

「おー」

「女子もいいの〜?」

「よべよべ。でも呼びすぎると取り分なくなんぞ。鍋いっぱいしか作らないから」

えっ。
それはちょっと、困るかもしれない。
どんだけの苺でジャムを作ったって、嵩は半分くらいに減ってしまう。鍋の大きさにもよっては人数が増えたらほとんど食べられないのでは。

「んんんんんんんんんんんん」

みょうじさんの一言に、柚宇さんが唸った。おれもその気持ちはよくわかる。

「俺らで独占したいですよね……」

「そだね〜」

「鍋いっぱいだぞ? どんだけ食う気なわけ」

「だって」

「みょうじさんのジャムだし!」

みょうじさんが嫌そうな顔なのは、甘いものがそんなに得意じゃないからだ。ジャムを作るなら味見しなきゃいけないし、甘い匂いが充満するしで自分から作ることは絶対にないって言ってた。
イチゴジャムはお母さんに教わり、命令されて仕方なく作ってたらしい。力関係が露骨で笑って怒られたのを今も覚えてる。

「普通のジャムなんですけど……」

「付加価値が違う」

「味も違うけど。みょうじさんのジャム、いちご丸ごとでおいしい」

「そう! それ! 柚宇さんわかってる!」

「でしょ〜」

「俺にはわからん」

そりゃあみょうじさんは自分から進んで甘いものを食べるひとじゃないから。お母さんにジャム作り習ったってことは、昔からみょうじ家特製のジャムだったんだろうし。市販の果肉が潰れたり、ゼラチンで固められた味気ないジャムとは無縁なんだろう。
言っておくけど、おれ、みょうじさんのジャム口にしてから他のジャム食えなくなったから。甘くてイチゴの味が口いっぱいに広がるジャム食べたら、そんじょそこらのジャムなんか食えないと思う。

「じゃあ東さんも冬島さんも声かけとくの止めとくか」

「そうしてください! 金ならあります!」

「いや、年下にたかる気はねーよ……大丈夫、太刀川ゆするから」

「みょうじさんかっこいい!」

この場にいない太刀川さんの財布が犠牲になったけど、別にいいと思う。毎回レポート手伝ってるし、太刀川さんだってみょうじさんのジャム好きだし。

翌日開かれたイチゴジャムパンケーキパーティーに当然のごとく二宮さんがいたのはほんとに理解できなかった。
なんでいんの?






「ありがとうみょうじさん、うまかった!」

うまいもので腹いっぱいになって、おれはめちゃくちゃ満たされていた。
どうせだからってガスコンロと鍋とホットプレート持参で太刀川隊の作戦室でパンケーキパーティーとかすごい。おれらの隊は伝説を生んだんじゃないだろうか。
甘い匂いに釣られて色んなひとが作戦室前に集まってたみたいだけど、忍田さんと沢村さんをイチゴジャムで買収して、よっぽどのことがない限り通信は切ってもらったし、作戦室のドアも外から開かないように細工した。スマホも放置で食いまくった。もともとおれらに防衛任務はない訳だし、それくらい許されてもいい。
ちなみに二宮さんが普通にいたのは、鍋とホットプレートとガスコンロを運ぶための車を提供してくれたかららしい。納得。

二宮さんは今日深夜の防衛任務があるらしいので、持ってきた一式を持ち帰るのは明日になるそうだ。食うだけ食ってさっさと行ってしまった二宮さんだけど、すげえ量食ってたから、あの人もみょうじさんのイチゴジャムのファンなのかも。

「そういってもらえて光栄ですよ、公平ぼっちゃん」

柚宇さんを送ってって、次におれを送ってくれるっていうみょうじさんに甘えての帰宅中。
苦笑交じりにおれの頭を撫でるみょうじさんから、ふわりとイチゴの匂いがした。

「みょうじさん、ちょういいにおい……」

「は?」

どこからするんだろ、このにおい。
スンスン鼻を鳴らしてみょうじさんに近づく。若干引かれてる感じするけど、それよりこの甘い匂いのもとを探す方が先決だ。
人気のない夜道は人目を気にしなくていいからいい。おれの突然の行動におののいて震えたみょうじさんの二の腕を掴み、においの発生源を探していく。

「ん」

ここだ。
見つけたのはみょうじさんの指先だった。イチゴのヘタを取ったりしてたから当然だ。外だっていうのに、それでも香るイチゴのにおいに、おれはうっとりしてしまった。

「おい、出水……?」

動揺してるらしいみょうじさんの両手はおれの手で包まれている。今までも何度か思ったけど、みょうじさんはおれに甘い。今食べたジャムみたいに。

「!」

べろり、みょうじさんの指先を舐める。匂いがついてるだけで、甘さなんか残ってるはずがないのに、甘く感じてしまうのは、みょうじさんが好きだからだ。
舐められた驚きに俺の手を振り払い、一歩後ろに下がったみょうじさんに、一歩近づく。思考が追いつかないのか、おれを凝視するばっかりで逃げも否定もしないみょうじさんに、期待してしまっても仕方ないことだろ?

「おれの大志、みょうじさんのイチゴジャムを食べることだって昨日言いましたけど、訂正しますね」

「い、いずみ」

じわじわとみょうじさんの頬が赤く染まっていく。かわいい。色んなみょうじさんの顔が見たい。年上ぶって余裕綽綽ってあなたの、見たことのない顔が見たい。

「おれ、なまえさんの恋人になりたい」

あなたがおれに抱いてる好意の種類がどんなものかわからないけど、色んな好きが混ざりあってぐちゃぐちゃに絡み合って、いつしか愛になればいいな、なんて。柚宇さんに借りた少女漫画の読みすぎだろうか。

「それがおれの大志だって言ったら、なまえさん、どうする?」

実現不可能な夢なんて、おれは抱くつもりはないんだよ、なまえさん。




prev / next

[ back to top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -