部誌8 | ナノ


約束



ずっと、一緒だ。彼はそう言った。


ずらりと並ぶ緑、赤、そして白。青臭い匂いが並ぶ、野菜売り場で滝川法生は、キャベツを吟味する。どれが重いか。どれが良さそうか。まるまる一玉を買うつもりでいたが、もしかしたら半玉でもいいかもしれない。半分に切れていると、中身がどれだけ詰まっているか一目瞭然だということもある。少し迷って、法生はきれいな断面のハーフサイズのキャベツを選んだ。

都会の少し小洒落たスーパーではセロリが手に入る。品揃えの良いそのスーパーに法生は好んで通っていた。それでも少し、高い。買おうか買わないか、少しだけ迷って、法生はそれをカゴの中に入れる。
そのほうが、彼が好きだから。
そう、考えて足を止める。数歩戻って、カゴに入れたセロリを陳列に戻した。背負ったベースを、カートを押した主婦が邪魔そうによけていく。

つまらない約束をした、と、思うことがある。

そう思うのは大抵、ケンカをしたときだ。些細なケンカから、もう、元には戻れないかもしれない、と思うケンカまで、数えきれないくらいのケンカをした。
法生と、なまえが一緒に暮らし始めたのは、法生が高野山を降りてからのことだ。実家が近いこともあって、幼馴染と呼べる関係ではあったが、特別な関係であったわけではない。
でも、二人は特別だった。法生は、この世ならざるものが見えるという点で。なまえは、そのすべてが。
なまえは頭が良かった。それは、何をさせても、誰よりも優れていたという点で、誰の目にも明らかだったが、なまえは、人付き合いがとても苦手だった。そんななまえを、法生は少し距離を置いて見ているだけだった。
山を降りた法生が、なまえに出会ったのは、とても家賃の安い腐ったアパートだった。法生はそこに、除霊のために呼ばれる。そこに住んでいたなまえは他の住人と違い霊障を一ミリたりとも感じていなかった。
普通なら、久しぶりだな、だけで別れるはずなのに、そうならなかった。

法生と、なまえは二人で暮らすことになった。

勤め人というものが向かないなまえが選んだ職業は、小説家で、法生はそれがなまえにぴったりだと思っていた。物語に出てくるような小説家と違い、なまえは締め切りを必ず守る。ただ、生活の方は乱れ放題に乱れていて、法生が家をあけると、家の中はすぐに滅茶苦茶になる。あり得ないようなところまで、荒らし放題に荒れている部屋を片付けるのが、法生の日常だった。
世話を焼くことは嫌いではない。
それでも、なぜ、彼と暮らしているのか、わからなくなるときがある。

ぴ、ぴ、とバーコードを読み取られていく商品を見ながら、法生は胸の中で言葉を探した。

「悪かった」 「もう、終わりにしよう」

いつも、どちらの言葉を選ぼうか、胸の中では半々になっていて、家のドアを開けるまで迷う。
でも、ドアを開けると必ず、継続を選んでしまう。でも、今回は違うかもしれない、と法生はいつものように思った。

彼は法生が霊能者であることを、珍しがらなかった。彼は、法生の音楽を、いつまでも聞いてくれた。彼は、誰よりも、自分のことを、わかってくれた。

「なぁ、法生」

椅子の上で膝を立てて座って、すこし、冷たい声で名前を呼ばれた。
鍋が焦げ付かないように少し弱火にして、法生は振り返る。感情の読めない目で、テーブルの木目を数えながらなまえは、あのな、と続ける。
綺麗な横顔だと思う。自分のバンドのボーカルがこんなに美人だったら、きっと客入りはもっと良い。何度そう思ったことだろう。
「……オレ、新しく部屋借りたんだ。ここを、さ……、出ていこうと思う」
くらり、と目眩がした。

どこかで、何か、とても大切なことを間違えたかのような、感触がする。自分の心臓の音がした。自分が、どんな顔をしているのか、法生にはわからなかった。

「は、」

苦しそうな呼吸音がする。苦しい、けれど、自分の呼吸音じゃない。
瞬きをひとつして、自分がなまえの首を絞めていることに気づいた。赤くなった顔が苦しげに歪んでいる。法生の手に、なまえの爪が突き刺さっていた。

「、なんっだよ、これ、」

激しい頭痛がする。熱い。五感が一気にクリアになって、爪を立てられた痛みと、なまえの体温と、ポトフの匂いが一気に押し寄せる。
「法生、」
けほ、と息をしながら、なまえが腕を掴んだ。それを、勢い良く、弾く。
「なんだよ、これ、」
「……ごめん、法生」
苦しそうに、なまえが言う。
「ごめん」

きみに、そばに居てほしかった。

なまえはそう言った。



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