部誌8 | ナノ


日常の隙間



「ユーレイ?」
って、何? とアトラが首を傾げた。それに、その言葉を口にした三日月が、少し不愉快そうに眉を寄せた。
「……死んだ人、だって」
「し、死んだ人、が?」
死んだら、動かないから悲しいのだと、そのように理解しているアトラが理解できないという表情をする。それをちらりと見た三日月は、面倒くさそうにポケットに手を入れた。自分が下手な質問をしてしまったことを悔やみながら、アトラは三日月の反応を待つ。
なんやかんやで、三日月はアトラの相手をしてくれる。
「……この世に、未練を残したまま死んでいった人が、消えられずに彷徨ってるのがユーレイだって、アミダさんが」
その言葉に納得していなさそうな三日月に、ふうんとアトラは相槌をうった。
「……なんだか、フクザツだね。ユーレイっていうのが、どんなのかわからないけど。もう逢えないと思った人に、逢えるかもしれないと思ったら、うれしいけど、その人が苦しんでるのはちょっと、可哀想だね」
「うん」
拙い言葉で、アトラは三日月に思ったことを伝える。三日月は少し不思議な物を見るようにアトラを見遣って、そうだね、と頷いた。
「どうして、そんな話になったんですか」
横から飛んできたのはクーデリアの声だった。クーデリアは聞いてしまいました、と言いながら低重力のエリアを一飛して、手摺に掴まりながら、こんにちは、と挨拶をした。そろそろ、文字の練習が始まるから、三日月や他の今はMSなどの整備をしている子たちを迎えに来たのだろう。そのクーデリアにアトラは「こんにちは」と笑いかけた。
「三日月がね、見るんだって」
「へ?!」
あからさまに狼狽するクーデリアに、アトラは、驚いてびくっと肩を揺らした。
「ゆ、ゆゆゆ、ユーレイが、視えるんですか?!」
「さあ?」
「ご自分のことでしょう?!」
「……頭が、おかしくなっただけかもしれない」
「あ、頭が!?」
クーデリアは真っ青になった顔を更に青くしながら、三日月のことをまじまじと見た。
「なんでもないよ」
三日月はポケットからデーツをひとつ取り出すと、ポイと口の中に入れた。
「一応、お医者様に診てもらったほうが……」
「……この船、船医居ないし」
「メリビットさんが、診てくれるんじゃないんですか?」
「行って、なんて言うの? 頭がおかしくなったから、診てくれ?」
あの人が何をしてくれるのか、と呆れたように三日月が言った。それにぐっと引き下がるクーデリアに、アトラが割って入る。
「クーデリアさんは、三日月のことを心配してくれてるんだよ」
三日月はあくまでも無表情のままだった。三日月が何かを言おうとして口を開く。
「ケンカか? そんなとこで」
ぬるりと熊のように現れた雪之丞は、やめとけやめとけ、と後ろ頭を掻きながら、三日月の目の前に停止した。
手には機材を抱えている。
「どっか悪いのか? 三日月」
少し心配そうにする雪之丞に、三日月は別に、と答えて、ポケットに手を入れる。
「お前には元気で居てもらわねえと、イザという時に俺らの命にも関わるんだからな」
軽い口調で、雪之丞は三日月の肩を小突いて、で、何があった? と質問した。
俺達の命はお前にかかってるんだから、という雪之丞の言葉に、三日月は少し面倒くさそうに、口を開く。
「……最近、誰かの声がして、そっちを見たら、人が居るんだけど、オレ以外には見えてないみたいなんだ」
雪之丞は、ははーん、と納得したように髭面の顎をじょりじょりと触りながら、で、ユーレイかといった。
「で、ソイツはどんなときに視えるんだ? モビルスーツに乗ってる時か?」
妙な確信を含んだような声で、雪之丞が聞く。それに、はっと何かに気づいたように、三日月が顔を上げた。
「……バルバトスに、乗ってるときだ」
雪之丞が、やっぱりそうか、と笑った。

「残留思念?」
って、何? と三日月が聞いた。残留思念だと口にした雪之丞は、阿頼耶識だよ、応える。
「昔、ジィさんに聞いたんだけどな。モビルスーツのシステムの処理の一部を、阿頼耶識を使って脳でやるだろ? そしたらな、繋がってる時の強い思念が、MSのシステムの中に焼き付いて、それが視えたりするって、話があったンだよ」
「強い、思念ですか」
クーデリアが復唱する。それに雪之丞は頷いて、そうだ、と言った。
「憎しみとか、悲しみとか、そういう感情だな。普通はそんなもンが残ることは無いんだが、昔の阿頼耶識使いの中にはそういう話があったんだとよ」
こいつは相当古い機体だから、そういうものがあってもおかしくないかもしれないな、とバルバトスを見上げた。
「ユーレイっていうのは、本当にあるものだったんですね」
アトラがそう言った。

「くだらない」
バルバトスと接続しながら、三日月が呟いた。何か言ったか? と接続テストをしている雪之丞が問う。それに「いや」と首を横に振りながら、三日月はもう一度、声に出さずにくだらない、と胸の中で唱えた。
『嫌だ!! 死ぬな!!』
声がする。男が、一人三日月の傍に居る。
声だけじゃない。感情が流れ込んでくる。胸を裂くような痛みを伴うその感情の名前を、三日月は知らなかった。



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