部誌8 | ナノ


珈琲党と紅茶党



無法地帯といわれるHLでも、犯罪者はしのぶものだ。それは、ライブラのような組織に追われるからであったり、裏組織の中でも目立つものは出る杭は打たれると狙われやすくなったり、そんな事情だ。
時々、隠れる気が無いような「別格」がいるわけだが、そういうモノの周囲には一般人(HL基準)が近づくことはない。見るからに、それの周囲だけ生還率が一桁を切っていそうだとわかるからだ。
例えば、マリー・アントワネットのお抱えの宮廷画家の絵からそのまま飛び出してきたかのような美青年が、雑踏に混じっているとする。その周囲にはごっそりと人が居ない。銀色の長髪も端麗な容姿も異様だが、骨董品や美術品のような豪奢な衣装が、コスプレのように見えない、ということも異様だった。その服は着られるべくして、その男に着られている。彼が、その服を着ていることが正しい。その服は彼にこそ相応しい。そう思わせるだけの迫力が着ている人間にある。
スティーブン・スターフェイズは、その異様を絵に描いたようなモノの前に立ち尽くして口を開けていた。
どういう不運で、このような事態になったのか、スティーブンにはわからなかった。
彼の方も、ここでスティーブンに会ったことは意外だったようで、睫毛に縁取られた目をぱちくりと瞬かせた。

彼は”錠前破り”。正確には彼が破るのは錠前の付いた扉に限らず、ありとあらゆる場所の護りを破ることが出来る。一歩間違えれば犯罪者だが、有名人ではあっても、指名手配犯ではない。疑惑は尽きないが、隠居しているにちかい状態だった。
その彼と、スティーブンは面識があった。
正確には面識だけではなく、色々と、込み入った事情が二人の間にはあるのだが、あまり思い出したくもない事情だ。

彼は、舗道を歩くような人間だと、スティーブンは思っていなかった。

「……意外なところで逢ったね、スカーフェイス」
彼は微笑むとするりとポケットに手を入れて、絹でできた見事な刺繍の手袋を取り出した。指先には細かい装飾の施された爪塗りが施されている。しかし、チラリと見えた左手の小指には、その指だけ、装飾が無かった。それを隠すように彼は手袋をはめる。

彼の爪の装飾は、魔術が封じてあるものだ、と、彼のことを調べた資料に書かれてあった。それが使われた現場を見た人は居ないが、確かに、何かをするための物だ。
それがひとつ、欠けていることの意味に思考を巡らせながら、スティーブンは曖昧に微笑みを返した。
「そういえば、君の家はこの近くだったね。めったにこんなルートは使わないから、失念していたよ」
「……はぁ、」
いつもはどんな道を使っているのか、ということは怖くて聞けない。聞いても企業秘密だ、と返されるような気もするが。
ふむ、と何かを思案するように彼は見事な刺繍の施された絹の手袋に覆われた指を、白磁のようにつるりとした顎に当てた。性別は男性のはずだが、その顎には髭の剃り跡ひとつない。

「よかったら、うちでお茶でもしていくかい?」

それを言葉にしたのは、スティーブンで、スティーブンはそれを口にした自分に大変驚いたし、驚いたのは彼の方も同じだった。


「きみは、紅茶がいいかな」
スティーブンは、玄関から招かれたことに対して非常に緊張しているらしい、彼に対して、出来るだけ平静を装うように声をかけた。
「珈琲を頼む。君は、珈琲の方を淹れ慣れているのだろう」
彼はそう言って白い手袋をしたまま指を組み合わせた。
「きみは、紅茶派かと思っていたよ」
「時分で淹れるのは紅茶だけだからね。恥ずかしながら、珈琲を淹れるのがてんでダメでね。どうやっても不味くなる」
「それは意外だな。きみは、何でも上手くやるのだと思っていたよ」
意外だ、という思いはスティーブンの本心だった。苦手なこともあるというのは彼も人の子ということだろうか。
「昔知り合いに飲ませたら、一口で昏倒してね。それ以来、淹れるのを控えているんだ」
彼は首を竦める。どうやら、苦手のスケールは一般の枠には収まっていないらしい、とスティーブンは彼に対する評価を訂正した。

何処と無く甘い芳香が立ち上る。挽きたての豆を使った一杯を、彼の前に差し出すと、彼は手袋をしたままカップに触れようとし、一度それを自分の方に引き戻して、右手の手袋だけを外した。右手にはすべての指先に、装飾が施されていた。
「……うん、いい香りだ」
「どうも」
スティーブンも自分の分の珈琲に口をつける。絶品というほどではないにしろ、そこそこな味に仕上がっている。それを一口、二口、至上の贅沢というように飲んだ彼に、スティーブンは少し、気まずい思いをする。
彼がいつもどのような珈琲を飲んでいるかはしらないが、紅茶に限っては、最高のものを飲んでいた。この珈琲だって、悪くはないが、ギルベルト氏が淹れる珈琲に比べれば、コーヒースタンドで売っているコーヒーとそう変わらない。
それを、美味しそうに飲んで、彼はため息を吐く。
「……夢みたいな、味がする」
彼は、そう言った。



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