部誌8 | ナノ


Marry me?



 酔っぱらった勢いで知らない奴とベッドインするなんて若い頃によくある話さ。当たりもあればはずれもあったし、人生色々経験して大人になっていくものだ。
 今回だってやっちまったアハーで終わらせればいいだけ、そのうちそんなことあったわと笑い話にできればこっちのもんだ。
 そう、いつもならそれで終わる話だった。


 噎せ返るほどの薔薇の香り、それが100本もあるとなると吐き気さえ覚えてしまう。
 そんな薔薇の花束を抱え、自分よりもずっと背の高い野獣もとい大男が地面に膝をついて花束を自分に差し出す。エメラルドを彷彿とさせる澄んだ緑色の瞳が自分を映し、厳つい見た目からは想像できない落ち着いた声で言い放つ。

「なまえ・みょうじ、どうか私の伴侶になってほしい」
「ごめんなさい」

 男が口にしたと同時に膝に額を当てる勢いで頭を下げた。自分の即答に男の顔が歪む。世にも恐ろしい形相で睨む男にビビって2、3歩後ずさった。

「な、何度もいってんだろ!俺はお前と結婚しないからな!」
「なぜだろうか」
「なぜって、そんな酔った勢いで一回ヤっただけで結婚なんてできるか!」

 頭肩すぎにもほどがある!と大声で訴えても男は訳が分からないといった顔で首を傾げる。訳が分からないのはこっちのほうだと叫びたい気持ちを奥歯を噛みしめることで耐えた。

「責任を取るには十分すぎる理由では」
「いつの時代の人間だよ! 時代錯誤にもほどがあるわ!」

 一回寝たから責任取って結婚しようだなんて今時古すぎる。しかも相手も自分の男だ、責任なんて別に必要ない。それなのに目の前の男は頑なに責任を取るといい続けるのだから頭が痛い。

「なあ、そんなに気にしなくていいんだぜ? 男と初めて寝たならまだしもセックスなんてあんただって経験済みだろ。あんたと寝た記憶はこれっぽっちもないけど」
「残念ながら君が初体験の相手だ」
「アー!まさかの俺が責任取れパターンかー!!」

 さすがにこれには頭を抱えてしまう。もしや初めての経験した相手と結婚を考えてるタイプか、処女かよ、重いわ、抱かれたの自分だけど。
 男が操立てるとかどういう教育を受けてきたのか、タイムスリップしてきたといわれても納得してしまうほど古風な考えの持ち主にもはや何も言い返せない。何かを返せば返すほどカウンターのダメージが計り知れないのは今までの会話で経験済みだ。
 かといって無言でいればどう勘違いされるのも恐ろしい、この状況をどう切り抜けるか考えているところで男が話しかけてくる。

「やはり無理だろうか」
「この半年の間のやりとりを思い出してくれ」
「押せばそのうち折れると思っていたのだが」
「人間大事なときこそ折れてはいけないって死んだばっちゃんがいってた」
「すばらしいお婆さまだ」

 いや婆ちゃんピンピンしてるんですけどね、いわないけど。
 信じ込んで深く頷く男に脱力感が襲う。会話をする限り悪い奴ではないのだ、顔は怖いが固いといっていいほど生真面目。あと童貞拗らせすぎた結果といってもいい。だから、一度頷いたら終わりだと俺の本能がいっていた。

「頼むからあきらめてくれよ」
「それはできない」
「なんで……あ、やっぱいわなくていい」
「なぜ」
「聞きたくないから」

 両手で耳を塞いで頑なに聞かない姿勢を貫く。自分の拒絶に男の眼力が鋭さを増した。口から悲鳴が漏れて逃げ出そうとする前に男の手が伸びる。両手首を捕まれ、有無もいわさぬ力で腕を上げさせられた。視界にいっぱいの男の恐ろしい顔にチビらなかった自分をほめてほしい。

「私は君を伴侶にするまであきらめるつもりはない」
「〜〜〜っ……なんでそこまで俺にこだわるんだよっ!」
「理由など明白だ」
「やっぱ聞きたくない!!」
「聞きたまえ」
「絶対やだ!!俺はお前と結婚しない!!」

 ぎゃあぎゃあ騒いで抵抗しようとするが、両手をあげられているせいで逃げられない。男の身長のでかさのせいでつま先立ちしてるから色々と体勢的にもつらい。相変わらず怖い顔をしている男ににらまれても黙ったらおしまいなのはわかっていた。

「もう一つ聞きたいのだが、いい加減私のことをクラウスと呼んでもらえないだろうか」
「絶対呼ばない!」
「なぜ」
「なんでもだ!!」
「私は呼ばれたい」
「いやだ!!」

 男の執事が迎えにくるまで、俺たちの戦いは続いた。誰か助けてほしい。



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