部誌8 | ナノ


Marry me?



帝都勇盟大学には留学生が何名かいた。彼、なまえ・みょうじもその一人で文学部に所属している。なまえが極東の島国に留学を決めた理由はこの国の文学に興味があったから、ということに表向きはなっているが、実のところ大英帝国の由緒ある名家の次男坊として生まれ、家を継ぐ必要もなく息子に甘い両親のおかげで働かなくても暮らせる身であるなまえがたまたま『イル・ミリオーネ』を読んで黄金の国ジパングに行きたくなったからという、つまるところ道楽だった。幸いにして聡明な一族の血を受け継いでいたなまえは特に困ることもなく、大日本帝国留学を楽しんでいた。むしろ、煩い小言の多いメイドと執事や過保護すぎる両親から離れられてのびのびできているようだ。夢見たジパングのように黄金で溢れていなかったことだけは心残りだったが、それ以外はなまえの期待を上回っていた。特に食べ物に関しては、大英帝国で食べていた物は一体なんだったのかと問いたくなるくらい美味しくて、毎日のように大学の友人を巻き込んで大日本帝国の料理に舌鼓をうっている。そして、今日もなまえは授業が終わった途端に学友を捕まえて、最近入り浸っている牛鍋屋に向かっていた。

「カズマ、あそこの牛鍋屋を大英帝国に連れて行くにはどうしたらいいと思う?」
「人だけ連れて行ったところで味を再現するのは難しいんじゃないか。大英帝国にない食材もあるんだろう?かといって船で食材を運ぶには時間がかかりすぎる」
「今のうちにたらふく食べておけばいいと思うよ、なまえ」
「ノスケに言われなくても食べるさ。はぁ、これがいずれ食べられなくなると思うと辛い……向こうに戻ったら両親に相談してみるか」

なまえは大学で一番よくつるむカズマこと亜双義一真とノスケこと成歩堂龍ノ介を両脇に従え、大学近くの牛鍋屋までの道を急いでいた。どうして文学部のなまえに英語学部と法学部の友人がいるのかというと、文学部に英語を流暢に話せる人間がいなかったため初めは英語学部の授業に出席していたことと、教授から近々大英帝国に留学する学生に英語を教えて欲しいと頼まれたことがきっかけだった。そして、たまたま授業で隣の席だった龍ノ介と英語を教えることになった一真が友人同士であるということが分かってからは自然と三人で集まることが増えていき、今に至る。三人は大学からまっすぐ続いている道をしばらく歩いて角を曲がる。すると、いつもなら遠くからでも目立つ牛鍋屋の看板が見えるはずだが、今日はその前に何やら人だかりができていた。

「あれ?なぁ亜双義、あんなところにお店ができているよ。食べ物屋のようには見えないけれど、ずいぶん人が集まっているな」
「あぁ、あの店は首飾りや金時計、指輪などの西洋の装飾品を置いているらしいと学部の友人が話していた。珍しいから人が集まっているのだろう」
「どれどれ、背の低いお前達の代わりに俺が見てやるよ」

なまえはそう言うと人だかりに近づき、後ろから中心を覗き込む。台風の目のようにその周りだけぽっかり人がいないので、よく見ることができた。これなら二人にも見ることができそうだと考えたなまえは龍ノ介と一真を手招きして呼びよせる。三人そろって覗き込んだ店先の棚にはキラキラと光るものがいくつか置かれていた。一際目立っていたのは金色の懐中時計で、文字盤に宝石がはめ込まれているのか色とりどりの光を反射させながら輝いている。その隣にはネックレスが吊るされており、細い金の鎖にぶら下がった大粒のダイヤモンドがゆらゆらと揺れていた。家にあった母親のネックレスとどちらが大きいか考えこむなまえをよそに、二人はなにやら日本語で話しはじめる。

『あんなじゃらじゃらしたものをつける人なんているのかな?首が痛くなりそうだけど』
『俺の聞いた話では西洋のご婦人方はあのような装飾品を身につけているらしい。きっとなまえの母君も持っているのではないだろうか?まぁ、そのうち大日本帝国でも珍しくなくなるさ、どんどん西洋の文化を取り入れはじめている。……それなのにこの国の司法はまだ』
『まぁまぁ、今日は堅苦しい話はなしだよ。それに日本語で話してちゃなまえが置いてけぼりになっちゃうだろ』
『そうだな、すまない』

申し訳なさそうに謝る一真に苦笑しながら龍ノ介はなまえの肩を叩き、英語で先ほどの疑問をぶつけてみた。

「ねぇなまえ、なまえの家にはあんな首飾りとかあるのかい?」
「ん?あぁ、母が同じようなダイヤのネックレスを持っていたし、父も懐中時計をたくさん持っていたな。俺も一つもらったけどどこにやったか……」
「あんなのを常に身につけていたら首が痛くならない?」
「さすがに毎日つけてはいないさ。ああいうネックレスは食事会や夜会のときくらいで、常に身につけていたのは結婚指輪くらいじゃないかな?」
「「結婚指輪?」」

不思議そうな顔をする二人を見たなまえはふと思いたって服の中にしまっていたチェーンを胸元から引っ張り出した。銀色の細い鎖にはこれまた細い銀の輪が三つ通してある。ずい、と無言でそれを二人の前に見せつけるように突き出しても彼らの頭には相変わらず疑問符が浮かんだままだった。なまえは肩をすくめてチェーンから輪を取り出す。

「これ、家で贔屓にしてるデザイナーが俺に作ってくれた両親の結婚指輪のレプリカ。大日本帝国に留学するっていったら魔除けにしろってくれたんだ」
「銀は西洋で魔除けの象徴とされているらしいな。指輪になにか刻まれているようだが?」
「実は三連リングになってて、これをこうして……」
「もしかして薔薇と荊?」
「そうか、大英帝国の国花をモチーフとしているんだな」
「さすがカズマ、大英帝国に留学する準備は万全のようだ。……ふむ、そうだな」

満足そうな笑みを浮かべ、一人でうんうんと頷いたなまえは三つにバラしたリングの真ん中を自らはめて、両端のリングをそれぞれ手に持ち龍ノ介と一真を見つめた。怪訝そうな表情を浮かべつつも見つめ返してくる二人に手を差し出しながらなまえの口から言葉が紡がれる。それを聞いた二人が顔を赤く青くしながら取り乱す様を見て、たまらずなまえは吹き出してしまった。

「おいおい、大日本帝国の人間は冗談が通じないのかい?」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるんだぞなまえ!亜双義なんか固まっちゃったじゃないか」
「ははっ、カズマはカタブツだな。まぁ冗談はさておき、これはお前達にやるよ」
「し、しかしこれはお前が魔除けとしてもらった大事なものじゃないのか」
「大事だからお前達に持っててもらいたいんだよ。カズマはもうすぐ大英帝国に行くだろ、お守りだと思ってくれ。ノスケもカズマと同じくらい大事だからお前にも持っていて欲しい。俺もそのうち大英帝国に帰らなきゃいけないし、そうしたら次はいつ会えるか分からないだろう?いつかまた三人で会えるようにっていうおまじないさ」

にこりと笑うなまえの両の掌に乗せられたリングが受け取られる。夕焼けに照らされて三つのリングがキラリと輝いた。



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