部誌8 | ナノ


挽歌



人が死ぬことは珍しくない。なにしろ、そういうご時世だったし、僕らは刀を振るう人間だった。鍛錬では竹刀を振るっていた。それは、結局のところ「刀」を振るうためだった。
刀とは、人殺しのためにある道具だった。
はじめて、人殺しのために毎日毎日刀を振って、そして、褒められて、競い合っていたのだと、そう知ったのは、返り血を浴びた時だった。刀というのは、強いものではない。鎧に当たれば折れる。一太刀で人が死ぬことはない。だから、急所を狙う。
首を斬った。撥ねるほどの腕前はなかった。ばっさりと、袈裟懸けに、道場で何度も反復したように、鋼で出来た刃物を振り下ろした。斬り合いのなかで、無我夢中で繰り出したにも関わらず、随分と綺麗な太刀筋だった。
血液というのは生臭い。それは当然だ。生臭い、というのは生き物の臭いのことを言うのだから。生きて、死ぬ。その腐敗臭が臭う。噴き出した血液が、劣化して、腐って、臭う。そして、温かい。だって、生きていたのだから。いや、まだ、生きている。いま、死んでいく。溢れだす血をかき集めて、かき集めて、元に戻さないと死んでしまう。なのに、男は刀から手を離さなかった。動かなく最後の瞬間までなまえの命を狙っていた。その血走った目を何度も何度も夢に見た。でも、その顔の細部を、僕は思い出すことが出来ない。そのあとに斬った、違う顔が混ざって、混ざって、ひとつの顔にならないのだ。
それくらい、ひとを殺した。それくらい、同胞も死んでいった。それくらい、価値の無い命だと、忘れてしまった。
いま目の前にある死が珍しかったのは、それが、知った人の死であった、ということだろう。言葉を交わしたことのある人の死が、珍しかったわけではない。一緒に飯を食った仲間が死んでいったことが、珍しかったわけではない。
ただ、死んだのは、なまえの幼馴染だった。
死んだ、と気づいたのはすべてが終わったあとで、僕が「いない」と言ったから数人で夜が更けてから戦場に戻った。本当はそういうことはしないのだけれど、行くべきだ、と桂が言った。
矢が落ちて、何かの燃え残りがおちて、刀が折れて、骸が小山のように盛り上がる。その骸のひとつひとつの顔を確かめて、確かめて、歩く中。銀時が「これだ」と言った。
それを、なまえは少し離れた場所から見た。遠目にも、たしかに、それが彼であるとわかった。
「……連れて帰ろう」
高杉が言う。彼は、小脇に抱えていた筵を置いて、そこに死体をのせよう、と提案した。桂が頷いて、その準備をしようとする。そうだ、なまえと幼馴染だったように、高杉や桂とも幼馴染だったのだと、やっと思い出した。
腐臭がする。人間の肉は腐ると、甘い芳香を放つ。今、足元にあるソレが、胃が痛いと言ったなまえに丸薬をくれた男だと、気づいた。
「……ほかは」
僕は問うた。唇が、ガサガサする。立ち尽くしたまま、動かないなまえを見て、高杉が首を傾げる。
「ほかにも、仲間は死んだ。そいつだけ、連れて帰るのか」
「……悪いのか」
高杉が、睨む。目つきが悪いのは昔からだったが、それがひどくなったのはいつからだったか。
「……なぁ、高杉」
僕はようやっと動くようになった足を動かして、そいつの傍に行った。銀時が半身になってかわして、なまえに場所を開けてくれた。銀時は迷子みたいな顔をする。弔う、とか、仲間、とか、そんな話をすると、いつもこんな顔をする。そして、口出しはしない。ただ、居心地悪そうにして、そっと離れていく。
「こいつは、ここに埋めよう。……わかるだろ。これが、はじまりだって」
誰かが欠ける。次は、僕かもしれない。
「いつまでも、こんなふうに、探しにこられない」
でも、と、そう言おうとした高杉は、とても情が厚い。そういうやつだと知っていた。
「……連れて帰ろう」
そういったのは、銀時だった。
どうして彼がそういうことを言い出したのか理解できなかった。その思いを見透かしたように、銀時はなまえの背中を叩く。
「俺が担ぐ。次が無いように、俺が戦う。それでいいだろ」
だから、そんな顔をするな、と銀時が言った。

背負うな、と、言えたなら、どれほど良かっただろうか。と、僕はそう、思うのだ。



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