部誌7 | ナノ


ジェラシー・ゲーム



紅い林檎をくるくると指で回してから、果物ナイフを走らせた。よく切れる果物ナイフはするりと滑って、紅いくだものを白いくだものに変えていく。よく切れるナイフの、するりとした優しい切り心地が好きだった。
「もう、ええよ」
「……は?」
浮かべた笑顔が不自然にかたまったのがわかった。
差し込んでくる陽光が、真っ白なままの皿に反射して、少しだけ眩しくて、目の前に座っている男の顔をよく見るために瞬いた。
ちょっとだけ、疲れた顔をしているような気がする。
別に、会話の一部として捉えても問題の無いような言葉だった。でも、それが、そういう意図で発されたものではないことが、すぐに分かってしまった。
何の事はない話をしていたはずだ。草薙の仕事の話を聞いていた。バーのお客の話。それから、彼が幹部をつとめているらしい『吠舞羅』の話。
その中で頻繁に出てくる人物の名前が気になって、もっと話して、と草薙にせがむ。
夜型の仕事で朝が遅い草薙の朝食代わりに、最近なまえがハマっているスムージーを作りながら話を聞く。いつもの、何気ない日常のはずだ。なまえが休日の日だけ、寝起きでちょっとぼろっとしている草薙を見ながら、話を聞くのが好きだった。
草薙は人の話を聞くばかりだから、たまには吐き出したって良いと、なまえはそう思っていて、その受け皿になまえはなりたかった。
そういうのが、重いのだろうか。
「……そういう、嫉妬してるフリとか、ええよ」
「……ああ、」
なまえはなんとなくわかったような気がして、笑い出したくなるような気持ちを抑えながら、真面目な顔を作った。
さっきなまえが言った「妬けるなぁ」についてだろう。最近吠舞羅の一員になったという「アンナ」という女の子についてだ。彼女が吠舞羅に入るにあたって、一悶着あったことも、その過程で草薙が怪我をしたのも、吠舞羅というのがどうやらその辺のゴロツキではなく国家権力に比肩出来るような力を持つような何かであることも、なまえはその時に初めて知った。
確かに、その糸口になった少女に少しだけ思い入れがあることは事実だったが、嫉妬したという覚えはない。確か、会ってみたいとか、そんな話もしたかもしれなかったが、実際に会ってくれと言われたら困るだろう、とか、その程度だ。
それを、嫉妬しているフリだと草薙は感じたらしい。
何をどこからどう正していいのか、果たして正すべきなのか「妬けるなぁ」の発言を撤回すればいいのか、よくわからなくなりながら、なまえは最後の紅い皮を白い実から剥ぎ取った。パラリと紅い蛇が白い皿の上に落ちた。
ミキサーに入れるのだから、一口大に切る。二人分だし、なまえも草薙も中々の大食らいだから、一つ全部いれてしまっていいだろう。
「……出雲はさ、」
あまり褒められたものではないナイフ捌きで、手のひらの上でサクサクと一口大に切る。いつもなら「危ないやろ」と咎める草薙は自分が言い出した手前か、口を挟めずにいる。明らかになまえの危険なナイフ捌きの方を気にしているのは明白だったが、そういうところが可愛いところだとなまえは思う。
「オレが、吠舞羅の話聞くの、イヤなんだよな」
「……は?」
さっきの「は?」という音が、自分が先ほど発音した「は?」によく似ているような気がして、なまえは笑う。一緒に過ごした時間の分だけ、似てきているような気がする。その、似てきた分というのが、なまえはとても愛おしかった。
「つまりさ、出雲。嫉妬してるのは、キミだってことだよ」
くつくつとなまえが笑うと、草薙はぱっと目を見開いて、それから渋面をつくると、ついと横を向いてしまった。その耳が少しだけ赤くなったのを見ながら、なまえは笑う。
「……嫉妬してるんやなくて、こっちのことは危ないさかい、」
「うんうん」
「ほんまに」
「それにね、オレが嫉妬してるのはフリじゃないよ」
さっきまで少し納得というか流されかけていた草薙が少しだけ、顔を上げて怪訝そうな視線を寄越す。
「そりゃあ、アンナちゃんとか尊くんとかに嫉妬しろって言われても難しいけどね、出雲がこんなに大事にしてる吠舞羅のことを知らないのは嫌だよ」
どう?解決した?と訊くと、ぽかんとこちらを見ていた草薙が、思わずというように素直に頷いた。子供のようなそれが可愛くて、ぷっと噴きだすと、草薙は慌てて顔を左右に振る。
「……全ッ然勝てる気がせえへん……」
そう言って突っ伏した草薙に「何に勝つつもりだったの」と訊くと、「聞かんといて」とうめき声が返ってくる。それに笑いながら、なまえは、ミキサーに蓋をして、草薙に、さあ、出来るよ、と声をかけた。



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