部誌7 | ナノ


その胸に抱く星の名は



踏みしだかれた雑草が、青臭い匂いをたてる。土煙が立ち込める。怒号。地響き。大勢の人が駆けることで、大地を揺らす。血の匂いがする。鉄の匂いと、生臭い、腐ったような臭い。
進む道は確定している。いつも同じ場所、同じ時刻に現れる。『変革』が可能なポイントは限られている。それを、阻止する角度も同じく。
「俺は行くぞ」
焦げ茶色の髪の毛が風に揺れた。先のほうが色褪せたように光を透かす。逆光に目を眇める。見慣れた景色。見慣れた気配。いつも、変わらない背中。
「よろしく頼む」
「……頼まれるまでもない」
「大倶利伽羅は素直じゃないな。『任された』くらい言ってやれよ」
言葉少なななまえと大倶利伽羅の会話に、厚藤四郎が割って入った。フン、と鼻で笑う大倶利伽羅になまえは肩を竦める。戦場に出ると、大倶利伽羅はいつだってこうだ。顔色を伺われるよりも、こちらのほうが気楽だった。
「それで良いんだよ。な、大将?」
くつくつと笑いながら、薬研藤四郎が言う。それに、生返事を返しながら、なまえは全員の様子を伺う。刀装も、馬もすべて万全だった。どうか、無事に、と何か激励しようとして、言葉を選ぶのが面倒になって、口を閉じた。


「なにかあったか?」
「……別に」
なんでもない、と口籠る大倶利伽羅に、なまえは『面倒だな』と思った。思っただけで言わなかったし、顔も、こんなに暗くては見えないだろうけれど。気配でなまえの思いを察した彼は、戸惑うようにして言葉を探す。口下手で、言葉数が少ない癖に。何かを伝えたいと頑張ろうとしている。
そういう、気遣いが面倒なのだけれど。なまえの態度、ひとつひとつが彼にプレッシャーを与えているのだと、気を使わせているのだと、自分のせいだと、なまえは気づいていた。
「座りなよ」
なまえがそう言って、自分の隣をすすめる。黒い瓦が規則正しく敷き詰められた屋根の上。少し時代がかった瓦で、釜で焼かれた粘土製のものらしい。下手な歩き方をすると瓦が割れたりずれたりして、雨漏りする。その辺りは彼もわきまえているはずだった。雨ざらしの瓦は、きれいではないが座るのも嫌だというほどに汚い場所ではない。あからさまにホッとした、と呼気を吐いて、大倶利伽羅はなまえのすすめた場所にあぐらをかいた。
審神者としての今日の勤めは終わった。だから、何をしていたって、彼らには関係の無いことだったが、このところ、大倶利伽羅は特になまえの居場所を気にしているように思う。
試しに姿を眩ませてみれば、これだ。特に用があるわけでもないのに、息を切らして探しに来る。
「……こんなところで寝ると風邪を引くぞ」
「こんな場所で寝るわけがないだろ」
「なら、いいが」
どんな心配をしているんだ、と鼻を鳴らす。屋根の上で寝たりしたら、迂闊に寝返りもうてない。風邪どころではなく、大怪我の可能性の方が高い。妙にずれた心配の仕方がツボに入って、気が抜けてしまった。
「星を、見てるんだ」
ぽつり、と吐き出すと、大倶利伽羅は「星?」と聞き返す。その声音には怪訝そうな気配が隠しようもなく紛れていて、なまえは説明が面倒になる。今日は、曇天だった。雨が降るほどではないが、星はひとつも見えない。
「……俺には、見えないが」
「見えないほうが、都合が良い」
そう言いながら、なまえは懐から懐中時計を取り出した。金属の留め金を外して蓋を開く。小型のペンライトで文字盤を照らしながら、中身を大倶利伽羅に見せた。
「北が向こうだから、ここにポラリス、つまり、北極星」
ペンライトの光を絞って、夜空に向ける。光の筋が真っ暗な空に走った。光の先を大倶利伽羅が目で追う。空にかかる雲がペンライトの光で僅かに明るくなった。するする、と夜空に光を滑らせて、記憶にある星座をなまえは描いた。
「この時間だと、……北斗七星がここ。オリオン座がこっち」
流れ星のように、ライトの光を移動させると、隣で首を動かす気配がした。
「ベテルギウス、ベラトリックス……、大倶利伽羅」
「……? この星は、大倶利伽羅って名前なのか?」
「いや、違うけど……、見上げてると首が痛くなるだろ。寝転んだほうが良い」
「……そうさせてもらう」
大倶利伽羅がごろりと横になるのを見ながら、柄にもないことをしているな、とそう思った。手持ち無沙汰になまえはライトを振った。
「もう一度、おりおん座? の場所をみせてもらって良いか」
「いいけど」
星が見えるわけでもないのに、真剣に聞く大倶利伽羅に少しだけ戸惑いながらなまえはライトを夜空に向けた。

久々に、たくさん喋って疲れた、と口を閉じていると、大倶利伽羅がクスリと微笑った。大倶利伽羅が笑っているところなんて見たことがなかったから、思わずライトを大倶利伽羅の顔に向けたくなって思いとどまる。
「……アンタ、星のことになるとよく喋るんだな」
普段も、これくらい話せば良いのに、と大倶利伽羅は言う。自分の無口さは棚に上げていることを指摘するべきかどうか、なまえは迷った。
「……今度は、晴れた日にもう一度、星を見ながら聞きたい」
大倶利伽羅がポツリとこぼした。なまえは無理だなぁ、とそれを鼻でわらう。
「ここの、星空は滅茶苦茶だから。……時間が、流れないだろう? だからだろうな」
ああ、とため息のような声がした。
「……だから、星が見えないほうが良いのか」
「そういうことだな」
何もない夜空なら、自分の記憶にある星図をぶちまける事ができる。
「……言葉を、惜しむな」
どういう意味か、聞こうか迷ってなまえは口を閉じる方を選ぶ。そして、これは言葉を惜しんでいることにあたるのか、と考えた。
「突然、星のない空を見上げて星を見ている、なんて言われたら、情緒が不安定なのかと思うだろ」
「それもそうだな」
「……言葉にしてくれないと、わからないんだ。俺も、きちんと、言葉にするから、だから」
誰かに、何かを言われたのだろうか、となまえはそんなことを思いながら点けっぱなしにしていたペンライトの灯りを消した。そろそろ、部屋に入って寝支度をしなければ明日の仕事に差し支えるだろう。
「きちんと、なにか、あるなら言ってくれ」
口下手な癖に。いざしゃべろうとすると、何を言っていいかわからなくなる癖に。
胸のあたりに何かが引っかかるのを感じた。
「……置いて行かれているような、気がするんだ」
「……どういうことだ」
「ここは、時間が止まっているだろう。世界に、置き去りにされているような気がして」
不安になる。自分が居た、あの時代の人たちはどうしているだろうか、とか、そういうことは考えることは無駄なのだ。だって、自分がここに来たその時間に、そのまま戻ることが出来るのだから、向こうの時間は止まっているも同然なのだ。なのに、不安になる。
「俺が、ついている」
大倶利伽羅が言う。そして、言ってから少し後悔するかのように、いや、と言い淀んだ。反射で出てきた言葉のようだった。
「そっか」
なまえは笑う。何が変わったわけでもないのに、少しだけ、楽になったようなそんな気がした。



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