部誌7 | ナノ


その胸に抱く星の名は



「主、そのような格好で外に居ては風邪をひいてしまいますよ」
「――長谷部、さん」

月明かりに照らされた縁側に薄着でちょこんと正座をしている審神者に長谷部が声を掛ければ、審神者はゆっくりと振り返り、ぽろりと涙を零した。

「どうかなさいましたか?」
「いえ、ちょっと、目にゴミが…」

審神者の反応に戸惑いながらも近付く長谷部に、審神者は手にしていた紙をぐしゃぐしゃに握り潰して笑って見せた。
長谷部の見間違いでなければ、審神者の握り潰したその紙は、昼間、審神者宛てに届いた手紙だったはずだ。

「差し出がましいようですが、その様にぐしゃぐしゃにしてしまわれて大丈夫なのですか?なにか、大事なものなのでは…?」
「え?……あ、あぁ、いいんです。いいんですよ」
「そうでしたか」

昼間、届いた時は大事そうにその表面を撫でていた審神者は、何度も「いいんです」と繰り返しながら、ぐしゃぐしゃにしてしまったその手紙を見たくない物のようにさらにぐしゃぐしゃに握りしめた。
審神者の行動に戸惑いながらも長谷部は審神者の隣に控えるように座り、唇を噛みしめて震える審神者を見つめた。

「――あ、主は、その、俺のことは見分けられるのですね」
「えぇ、そうですね。貴方は、すぐに覚えました」

何とも言えない表情でじっとぐしゃぐしゃになった手紙を見つめる審神者に、話題を変えようと長谷部がなんとか言葉を絞り出すと審神者は綺麗に微笑みながら頷き、少しだけ眩しそうに眼を細めた。
人の顔を覚えられない、人の名前を覚えられないと常々言っているこの審神者は、燭台切のように眼帯をしていれば「眼帯さん」、蜂須賀のように金色が目立つと「金ぴかさん」とそれぞれの見た目を手掛かりにした呼び方をしているのが常であった。
しかし、何故か長谷部が本丸にやってきたその瞬間から長谷部のことを長谷部と認識でき、一度も他の刀剣男士と見分けることが出来なかったり、名前を呼べないということがなかった。
それは長谷部にとっては、きちんと名を呼ばれるだけでも優越感を満たすに足りることであり、それが唯一長谷部だけである知った時は、天下を取ったかのような心地であった。

「失礼なことだとは思いますが、貴方は“星の君”にとてもよく似ていらしたので、すぐに覚えました」
「“星の君”、ですか」

審神者が愛おしげに呟くその呼び名に長谷部の胸の奥に、ちらりと嫉妬の火が灯った。
そんな長谷部を見上げて審神者は少しだけ笑い、ぐしゃぐしゃにしてしまった手紙に目を落とした。

「でも、今はちゃんと長谷部さんは長谷部さんで覚えていますからね」
「そうですか」
「“星の君”は、もういいんです。最期にこんな手紙を出すような人、私も忘れますから、長谷部さんも忘れてください」

ぴょんと勢いよく立ち上がり、裸足のまま庭に降りた審神者は長谷部を振り返り、胸にぎゅうと手紙を抱きしめ、少しだけ泣きそうな顔で笑った。

「そうだ!長谷部さん、明日は焼き芋しましょう。良い火種がありますよ。きっと、よく、燃えます…」
「……主命とあらば」

丸めていた手紙を伸ばして振って見せながら笑い、耐え切れずにそのままうずくまって泣き始めた審神者にそっとジャージの上着を掛けてやり、他にかける言葉も見つからないままその背を撫でた。



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