部誌7 | ナノ


確かに、愛だった



今日も今日とて地獄は忙しい。
裁きを決め、視察をし、仕事の振り分けをしては、薬の研究。大王を弄るのも忘れない。
これを繰り返しては繰り返す。
目まぐるしい毎日では疲れは溜まる。

「はー…」

ガチガチに固まってる肩の筋肉をもみほぐす。
重い大王を弄るのはいい運動とストレス発散にはなるが、休憩とは違う。
他の部署に届ける書類を抱え、閻魔殿を後にする。
ついでに適当に散策すれば、デスクワークで固まった心と体もリフレッシュ出来るだろう。

地獄の風景は今日も変わらず禍々しい。
あちこちから聞こえる阿鼻叫喚。
鼻をつく鉄の匂いに、炎の熱さに乾く喉。
鬼へと転成し、地獄がつくられてから長くここで暮らしている為、なんてことない。
むしろ清々しくも感じる。
室外に出るだけで少しは気分がはれるとは、この身体のお手軽具合に笑える。
頭の中では残りの仕事や金魚草のことなどがぐるぐると渦巻いているが、気にせず目的地まで歩を進めていく。

「おや、あれは…」

書類を届け終え、途中であったシロさんたち共戯れた後の帰路。
少し先で見知った顔がふたつ。
一人は反吐がでる輩だが、もう一人は認識した途端に心の臓が大きくかね打つ存在だった。

「こんなところで何してるんです。」
「げ、」
「こんにちは、鬼灯さま。」

嫌そうに顔を顰めた白擇野郎の手はなまえさんの肩に置かれていた。
それを緩やかにどけるなまえさんは私たちから距離をとるように一歩下がり、丁寧に頭を垂れた。

「お前本当来るタイミング最悪だな。もう少しでなまえちゃん誘えたのに。」
「1ミリも了承してませんよ。」
「そんなこと言わないでさー、たまには火と鉄じゃなくて暖かく柔らかい人に触れてみない?」
「また貴方はそんなことを…大体貴方の柔らかさは贅肉でぶよぶよと醜いだけでしょう。」
「ちーがーいーまーすー!ちゃんと引き締めてますー!」

ぎゃんぎゃん喚く馬鹿の頬を全力で抓る。
痛いだなんだと別の意味でうるさくなったが無視してなまえさんに向き直る。
先ほどまで近くにたっていたはずなのに何時の間にか1mほど離れていた。

「…なぜそんな離れているんです?」
「特に意味はありません。私、帰りますね。」
「仕事?熱心だねー。」
「いえ、今日は非番なので。」
「じゃあさこれから「送ります。」ち、ちょっと!」
「鬼灯さまお忙しいでしょうし、お手を患らうのももったいないので、遠慮させていただきます。」
「まぁまぁそう言わずに、行きますよ。」
「あ、コラ僕を無視するなー!」

じりじりと後退する彼女を逃すまいと腕を掴み、そのまま引っ張り歩きだす。
面倒で煩いのがあとについてきたが路地を右に左に。通行人を上手く利用したら何時の間にかいなくなっていた。
後ろで少し息を切らしながら私に引っ張られる彼女は途中で抵抗をやめた。
閑散とした道で周りに誰もいないことを確かめ、足を止める。
急に足を止めた為、身体が追いつかなかったなまえさんが私の背中にぶつかってきた。

「す、すいません。」

鼻がぶつかったのか、片手で鼻頭を抑えてる。
もう片方の手は私に握られたままだ。

「あの、私。」
「貴女は。」

何か言おうと口を開くが結局放たれる言葉はなくて、紡いでしまう。
そんな私の挙動を見透かすように蒼く透明な瞳が私を写す。
しばらくお互いを眺めていたが、進展がないと判断したのだろう。
なんてなことのない、抵抗とも呼べない弱い力で私の手から彼女は逃れる。
するりと抜け落ちた暖かさに心が締め付けられた。

「私、帰ります。」
「…はい、お気をつけて。」

軽く会釈をして立ち去る彼女は最後まで振り返ることはなかった。
後ろ姿が消えるまで見つめる私の方を世間は女々しいと呼ぶのだろう。

この感情はなんと呼べばよいのだろう。
とても美しいものとは感じないが、自分らしさを欠くこの胸の蟠りを、周りはなんと呼ぶのだろう。
苦しくて、彼女を手に入れたくて、痛めつけたくて、触れたくて、何かを、与えたくて。
頭の誰かが囁く。

「お前には似合わないものさ。」

そうなのだろう、きっと。
それでも、彼女を前にすると動かざる得ないのだ。
だから早く、早く。

「私に堕ちてしまいなさい。」



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