部誌7 | ナノ


秋の夜長



不意に目覚めてしまったのがどうしてなのか、なまえ・みょうじにはわからなかった。
辛うじてついていたはずのベッドヘッドのランプはすでに消されていて、光源はカーテンから漏れ出る街灯のみで、部屋は真っ暗と言っても過言ではなかった。重い瞼を開けばすぐそこに見慣れた胸板があって、愛するひとに抱きしめられているのだとわかる。
ライアン・ゴールドスミス。シュテルンビルドで活躍する、新人ヒーローだ。ゴールデンライアンなんて名前で親しまれる彼とは、シュテルンビルドに来る前からの仲ではあるが、彼とこんな関係になれたのは奇跡のようだと今でもなまえは思っている。

「どうしよ」

目が冴えてしまった。これ以上眠れそうになくて、なまえはライアンの腕の中で逡巡のうえ、抜け出すことにした。毛布とライアンの腕の中は暖かく、外は肌寒い。温もりを惜しんだけれど、ライアンの眠りを邪魔してしまいそうな気がしてなまえは渋々ベッドから降り、裸の素肌に床に落ちていたシャツを着込んだ。着てからライアンのものだと気付いたが構うまい。セックスを楽しんだはずの肌はサラサラしていて、なまえが眠っている間にライアンが後処理をしてくれたのだと知る。その優しさに微笑んだ。
さすがにそれだけでは冷えるので、自分の部屋から毛布を引っ張り出すことにする。部屋を出る前にライアンの寝顔を覗けば眠りは深そうだ。頬にキスをしてから、その場をあとにした。

すでに夏から秋に季節は変遷していた。日中は肌寒く、夜は寒いくらいだ。寒いからこそ夜空も鮮明になる。なまえは、秋から冬の夜空を眺めるのが好きだった。子供のころから星座の神話の本を読んでいたからかもしれない。だから、リビングの窓から見える夜空に、感嘆の溜息が漏れた。シュテルンビルドは眠らない街だ。夜空を見上げても、街の光が邪魔をして、星は見えることは少ない。
そういえば、今は街灯の一斉点検か何かだったか。いつもより控えめな明かりが街に灯っている。おかげで美しい星空が見れたので、真夜中に起きるのも悪くない。毛布を被ったまま、ベランダに足を踏み入れる。室内よりもずっと低い気温に背筋が震えたが、構わずベランダ備え付けのカウチに腰を下ろす。高級志向のライアンこだわりのアパルトマンは、高層階のものだけあって空が近い。今まで見てきた夜空との違いを探しながら、なまえは吸い込まれそうな空を見つめた。

「なァに見てんの」

不意に降ってきた声と温もりに、なまえはびくりと体を震わせた。振り返らなくてもそれが誰なのかわかる。

「ライアン」

「うっわ、チョー冷えてんじゃん。風邪引くぜ?」

カウチで膝を抱えていたなまえに覆いかぶさるように抱きついたライアンは、毛布にくるまるなまえの手に触れ、足に触れ、温めるように摩った。見ればライアンはスウェットのズボンに上は何も着ていないという薄着っぷりである。暖房の効いた部屋であればその格好でも構わないが、ベランダなんて場所ではなまえより風邪を引いてしまう可能性が高い。慌てて毛布を剥ぎ取り、ライアンごと包まれるように被りなおす。ライアンの温もりが加わったことで、より暖かくなった気がして、なまえはほっと息を吐いた。

「サンキュ、あったけえ」

「風邪引くよ、ライアン」

「なまえだけは言われたくねーっつの。何時間ここにいたんだよ? めっちゃ冷えてんじゃん」

「わかんない」

そもそも一体、今何時なのか。首を傾げるなまえにライアンは大げさに溜息を吐くと後ろからなまえを力強く抱きしめた。

「つーか。いきなりいなくなんの止めろ。びっくりすんだろ」

「……ごめん」

首筋に額を押し付けられてくすぐったい。むずむずしながら、慰めるようにライアンの頭を撫でると、カプカプと首筋に噛みつかれた。甘噛みではあるが突然のことにびっくりしたし、噛まれたことで伝わる口内の熱に、先ほどまでの情事が思い出されて顔が真っ赤になる。言葉もなく固まってしまったなまえにライアンはくつくつ喉で笑うと、頬にキスを落とした。

「なに見てたんだ? 空?」

「ん」

「ふーん。ま、確かにでっけえお月さんだこと」

言われるままに見上げて、今日の月が満月であったことを知る。星ばかり見ていて、月の存在を忘れていた。思っていたよりも大きく見える満月は、鮮やかになまえとライアンを照らす。

「きれい……」

「そうだな」

しばらく二人して空に見入っていたが、なまえのくしゃみによってお月見も終了してしまった。これ以上だめだと断言したライアンは、ベッドルームへと向かおうとなまえを抱き上げた。その腕を掴み、でも、となまえは言い募る。

「でもライアン、眠くない」

「眠くなくても寝んの。明日も朝から用事あんだろ」

「でも……」

「それに体冷えてるし、風邪引くぞ?」

「う」

ライアンの指摘に言葉を失うが、それでもこのままベッドに戻ってしまうのは勿体ない気がしていた。こんな風に美しいシュテルンビルドの夜空は、今だけな気がしてならないからだ。
我儘を言っている自覚もあったので、思わず俯く。頭上から降りてきた溜息にびくりと体が震えた。

「あーもー。しゃあねえなあ。あとちょっとだけな」

「! ありがと、ライアン」

破顔して抱きつくと、ライアンはぶちぶちと口の中で文句を言いながらなまえを抱きしめた。その温もりに微笑み、なまえはまた月を、星空を見上げる。

「そんなに楽しいもんかねえ」

「楽しいよ。ライアンも一緒だから、いつもより綺麗に見える気がする」

「あっそ」

拗ねたような口ぶりに、お詫びを込めてキスを送る。照れているのだと判るようになったのは何時頃だったか。先ほどと同じように後ろから抱きこまれているので、遠慮せずライアンの胸に頭を預けた。

「あの星がなんの星かわかる?」

「わかんねえし興味ねえ。なまえ〜、寝ようぜ〜」

「眠くないんだもん、もうちょっと」

「ええ……子守唄歌ってやるからさあ」

「ほんと?」

「そこは食いついちゃうんだ?」

呆れた視線が向けられていると見なくてもわかる。けれどなまえはねだるように沈黙を保った。

「子守唄ねえ……」

自分で言い出しておきながら、何を歌うのかすら決めていなかったらしい。わくわくした気分で待ち構えていると、甘い歌声が耳に届く。夜空を見上げながら、月へ連れて行ってと誘う歌は、ロマンチックでドキドキした。
歌う歌詞の通りにライアンはなまえの手を握り、そしてキスをする。いつしか夜空を見上げていたはずが、ライアンだけを見ていた。

恋い慕うのは、あなただけ。
そのままの君でいて。
つまりは。

「愛してる、なまえ」

再び触れた唇が熱く、情熱的で、なまえはライアンの熱に酔った。また体の芯が熱くなる。ライアンという熱に浮かされて、どうにかなってしまいそうだった。
そのまま体を抱きあげられる。今度は文句なんかでなかった。首に抱きつくなまえにライアンはくつりと笑い、顔を伏せたなまえのつむじにキスを落とす。

「オレを、天国に連れてってくれよ」

それがどんな意味をもつのか、なまえにはもう分かりきっていて。
あんなにしたのに、と呟いた言葉は、一笑に付されたのだった。



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