部誌7 | ナノ


秋の夜長



整然と資料が並べられた資料室の中、黙々と少しだけ黴臭い、埃臭い資料を捲りながら、玻璃は思わず溜息をついた。

「本部にもほとんど情報ないのか…」
「例の“月下美人”についてかい?」
「律音さん、」

背後から声を掛けられ、ゆっくりと振り返った玻璃は律音を見てぎこちなく笑った。

「久し振りに君がこっちに来たというから、顔を拝みに来たよ」
「そんな…。わざわざ拝むような顔でもないですよ」
「そうかな。部下の顔だから、悪くはないよ」

玻璃の隣に立ってぱらぱらと資料を捲る律音に玻璃はどう表情を作れば良いかわからずに、目元を覆う長い前髪を触った。

「で、なんか情報はあったの?」
「いえ、自分でもわかっている範囲の情報しかありませんでした」
「そう…。まぁ、妖異局も全てのアヤカシの情報を把握してるわけではないからね」

玻璃が手にしていた資料を棚に戻すと、律音も資料を棚に戻した。

「今回は良い機会だから、色々と情報を集めてもらえると今後のためにもありがたいかな。ま、強制はしないけどね」
「記録が取れるものは、残しておこうと思います。資料の重要さは身を持って知ってますので」
「そう…。じゃあ、頑張ってね」
「はい」

机の上に出したままの資料を仕舞うのを手伝いながら律音はそっと表紙を撫で、玻璃は最後の資料を仕舞うとくしゃみをした。

「それにしても、ここは少し埃っぽいね。定期的に掃除をしてるはずなんだけど…」
「仕方がないですよ。他の部屋ほど、使う機会はないですし」
「そうだね。使われないものは、どうしても埃を被る運命だ」

少しだけ暗い笑みを浮かべた律音に玻璃は困ったような表情を浮かべ、廊下に続く扉を開けた。

「おー、今日はまた立派な月だね」
「え、今、何時ですか…?」

廊下から見える大きな月に律音が眩しそうに目を細めると、玻璃は少しだけ顔を青ざめさせた。

「6時を少し過ぎた所だよ。この時期は日が暮れるのが早いからね。あの部屋は時計も窓もないから気がつかなかっただろう?」
「えぇ、資料を見るのに夢中になっていました…」
「そう言うと思ったよ」

呆然と月を見つめる玻璃に律音はくつくつと笑い、ズボンのポケットから鍵を取り出した。

「そんな君にこれをどうぞ」
「え、いや、自分はまだこれを扱えるほどの立場では…」

差し出された鍵を拒む玻璃に律音はにこりと笑い、玻璃の目の前で差し出した鍵を月明かりに反射させながら揺らした。

「これは今日付けの君の昇格辞令」
「はぁ…」
「というわけで、君はこの鍵を使うことができるんだよね」
「は…?」

先程鍵を出したズボンのポケットと反対側のポケットから紙を取り出し、玻璃の胸に押し付けた。
目を白黒させる玻璃に律音はにんまりと笑って、改めて鍵を差し出し、少しだけ首を傾けた。

「これで帰るといいよ。この鍵は、君が今居る屋敷と繋がるようにしてある。そこの資料室のドアから帰るといい。今なら、きっと間に合うだろうし」
「え、いや、そうかもしれませんが…」
「ほら、さっさと帰って、“眠り姫”のお供をしてあげると良い」

戸惑う玻璃を余所に律音は閉じている資料室のドアに鍵を差し込み、ドアを開け、使った鍵を玻璃に投げ、投げられた鍵を玻璃は受け取った。
ドアの向こう側は先程まで居た資料室ではなく、見慣れた玄関ホールだった。

「律音さん…」
「さぁ、早く帰るといいよ。夜はまだ始まったばかりだ。それにね、目が覚めた時に、居ると思っている相手が居ないのは、中々辛いということを僕はよく知っている。まぁ、いろんな話は今度こっちに戻ってきた時は、ゆっくりしよう。それじゃあ、またね」

玄関ホールに歩を進めた玻璃に律音はにっこりと笑いかけ、振り返った玻璃に軽く手を振ると勢いよくドアを閉めた。

「ほんと、あの人は予想外過ぎる…」
「あら、はりサン」
「光稀さん」

玄関ホールで頭を抱えた玻璃に、ちょうど階段を下りてきた光稀は微笑みかけた。

「おかえりナさい」
「ただいま戻りました。珠兎さんは?」
「しゅうサマは、まだお目覚めではないようデスよ」
「そう。ありがとうございます」

微笑む光稀に玻璃はひらりと手を振って目的の部屋へと迷うことなく階段を昇っていき、廊下を進んで辿りついた目的の部屋の前で軽く深呼吸してドアを開けた。

「まだ、お休みですか」

少し安堵しながら玻璃は呟き、きつく閉じられているカーテンを開き、部屋の中央を振り返った。
そこに置かれたベッドの上で微睡む珠兎を確認し、軽く窓を開け、入ってくる風に目を細めた。

「んんー……ハリー?」
「お目覚めですか」
「うん…。おはよ」

もぞもぞと起き上がった珠兎に玻璃は微笑みかけ、珠兎は猫のように伸びをしてごろごろとベッドの上を転がった。

「月が綺麗ですよ」
「お月様はいつも綺麗だよ、ハリー」
「……確かにそうですね」

珠兎にあっさりと一蹴された言葉に玻璃は少しだけ息を詰めてから笑いかけた。
特に意味を込めたつもりはなかったが、ほんの少しだけ落胆している自分に気付いて玻璃は軽く唇を噛む。

「んー、金木犀の匂いがする…」
「そうですね。庭の金木犀が綺麗ですよ」

一糸纏わぬ姿のまま珠兎はベッドを降り、長い銀白の髪を靡かせながら窓の傍まで近付いて来るのに気付き、玻璃はさりげなく視線を伏せる。
月明かりに照らされて白い肌や銀白の髪は淡く光を放ち、“月下美人”と称されるのも頷けるようなその姿に、何度見ても目の毒だと玻璃はゆるゆると息を吐き出した。

「ところでハリー」
「はい」

くるりと振り返った珠兎に玻璃はぎょっとしながらも、笑みを浮かべた。

「それ、妖異局の制服だね」
「はい。少しだけ帝都に行ってきました」
「それ、着替えちゃう?」
「そのつもりですが」
「もったいないなぁ…。ハリー、すごく似合ってるもん。あ、そうだ。そのまま庭でお茶しよう。金木犀の下とかでさ。確かドレスがどこかにあったはずだもん」
「え、ちょ、珠兎さん?」

窓を離れて飛び跳ねて踊るように部屋の中を歩く珠兎に玻璃は不安げに視線を向け、そのまま勢いよく部屋を飛び出した珠兎を慌てて追いかけた。

「あったー!あ、ミッキー、お茶の用意してね。今日はお外でティータイムだよ!」
「はい。しゅうサマ。すぐに用意しマスね」

廊下に整然と並んだ扉の一つに飛び込んだ珠兎はドレスを片手に廊下に戻り、廊下を歩いてきた光稀に声をかけ、廊下で困ったように立っている玻璃に笑いかけた。

「このドレス、その制服に合ってるでしょ。色とか」
「そう、ですね…」

楽しそうに笑いながらその場でドレスに着替え始めた珠兎に眩暈を感じ、目元を手で覆いながら息を吐いた。

「ほら、ハリー。外に行こう!」
「え、ちょ、珠兎さん!」

目元を手で覆って廊下の壁に寄りかかった玻璃の空いている手を取って珠兎は走りだし、突然引っ張られた玻璃は思わず転びそうになりながらも引っ張られる速度に合わせて走り出す。

「夜はまだまだこれからだからね!今日は夜通し飲むよー!」
「珠兎さん、お酒飲めるんですか」
「飲めないよ!飲むのはお茶!」
「そ、そうですか」

楽しそうに廊下を走って行く珠兎に質問を投げかけ、その答えに小さく頷き、空中に「酒は飲めない。茶を好む」と書いてその文字を軽く握りこんだ。

「夏は夜が短かったし、ハリーも居なかったからね。今日は楽しもう」
「は、はい」

くるりと振り返って無邪気に笑う珠兎に玻璃はぎこちなく笑みを返し、珠兎の手を軽く握り返した。

「ハリー、月がこんなに大きいんだ。存分に“月下美人”を堪能するといいよ。あと、月が綺麗だから、今日は特別に君が聞きたいこと、夜が明けるまで答えてあげる。答えられることなら、なんでも教えてあげる」

するりと玻璃の手から離れた珠兎は月明かりの下でくるりと回り、綺麗に微笑んだ。



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