部誌7 | ナノ


秋の夜長



 軽い身震いを覚えたことによってやっと現実に引き戻された。
 昼間の陽気さも影を潜め少し開いた障子の隙間から肌寒い風が部屋の中に入り込む。周囲を見渡すと辺りは薄暗く、気を利かせた同居人が置いていった蝋燭に灯された火だけが部屋を照らす。火の揺らめきを見つめたまま、今が夜だと今更になって気がつく。
肌寒さを感じるも、夏の干からびるほどの暑さに比べたら断然マシだ。だからといって寒いにも好きじゃないので冬を思うと憂鬱になる。
 軽く腕を上げて体を伸ばせば面白いくらいに関節の音が鳴る。慣らせそうな場所は全て鳴らし終え、体が楽になったところで重い腰を上げた。
 外の空気を吸おうと障子に手をかけようとしたとき、障子に自分ではない影ができているのに気がつく。影の形から見るに縁側に腰をかけているのだろう。この時間に家にいるのは自分以外同居人だけだ、ならば何か夜食でも頼もうと空腹を訴える腹を押さえて障子を開ける。

「彬ー、悪いんだが何か簡単なの作ってくれ……顕彦?」

 座っていたのは同居人ではなかった。煌々と輝く月を眺める背中に呼びかけるとその相手、恋人が振り返る。

「終わったのか」
「いや、まだ……少し休憩しようと思って」
「そうか、腹は」
「空いてる」

 素直に答えると顕彦は無言で何かを縁側に置く。少し小振りのおにぎりが二つ、そして小さめの魔法瓶だ。それが誰が作って、誰が用意したのか想像がたやすい。

「……作ってくれたのか?」
「おにぎりは違う」

 ということは魔法瓶の中身は顕彦が作ったのか。おにぎりの大きさから見て同居人が作ったのは検討がつく。
 何気なく空を見上げると煌々と輝く月が真上まで昇っている。時間でいえば0時すぎた辺りだろうか。顕彦は一体どれくらいここで待っていたのだろうか、浮かぶ疑問をそのまま顕彦にぶつける。

「お前、何時からここにいたんだ」
「別にそんなに時間は経ってない」
「本当に?」
「ああ」
「……わかった、そういうことにしておく」

 無理に聞いたところで顕彦の頑固さを思えば素直に答えないのは知っていた。一番素直なのがどういうときなのかは自分が一番知っている。それ以上は聞かず、顕彦の隣に腰を下ろす。
 おにぎりを一個手に取ってかじりつく。冷たくはなっていたが、ちょうどいい塩加減に口に運ぶ手が止まらない。黙々とおにぎりを食べる横で顕彦が魔法瓶の蓋を開けてコップに注いでくれた。何もいわず渡してきたのを受け取り、軽く息を吹きかけて一口含む。味噌の香りと味が胃にじんわりと広がる。胃に染みるとはこういうことをいうのだろう。
 夢中で食べ続ける自分に顕彦は黙って眺めていた。目を細め、口元をわずかに上げたそれはとても楽しそうに見える。

「……見てて楽しいか?」
「ああ、すごい食べっぷりだから見てて飽きない」
「なんだよそれ」

 まるで見せ物にでもなったかのような気分に顔をしかめる。なのに、気にもせず顕彦は喉を軽く鳴らして笑うだけ。何が面白いのか検討がつかない。追求するのも面倒臭くなって無視して胃に収めるのに専念する。
 時間が緩やかに流れる中、時折冷たい風が吹き抜ける。先ほどは肌寒さを覚えてはいたが味噌汁のおかげで温まった体には心地よさを与える。いつのまに秋になっていたのだろう。季節の変わり目の早さに驚きを隠せない。

「いつのまにか秋になってたんだな」

 胸の内で思った言葉がそのまま口から出る。さっきまで陽が出ていると思ったらいつの間にか月が真上を過ぎていた。なのに、昼間とは違い、夜はまだ明ける気配を見せない。ゆっくりと時間が過ぎていく感覚が今が秋だと教えてくれる。
 季節の変わり目による感覚の変化に感心しているとずっとこちらを見ていた顕彦が口を開く。

「秋の夜長ってやつだな」
「ああ、聞いたことある。でもどういう意味なんだ」
「確かいまの時期のような、日の出から日の入りが短く、夜の時間が長いことをいうらしい」
「へー」

 まさにいまの状態に当てはまる。絵を描くしか考えていない自分にとっては博識な顕彦に尊敬の念を抱く。
 耳を傾けると鈴虫が羽を震わせて鳴く音が縁側からでも入ってきた。何気なく隣に目を向ける。顕彦も同様に鈴虫の音を聞いているようだった。
 再び涼しげな風が軽く頬を撫でる。風に乗って顕彦の髪も緩やかに靡いた。気持ちがよかったのか、目を細めて風が運んだ冷気を楽しんでいるようだ。
 その光景に、胸が躍った。描きたい、と沸き上がる欲求がむくむくと湧き出てくる。

「顕彦、時間あるか」
「……店があるから、遅くまではいられない」
「わかった、なら描くだけにする」

 そうと決まればとすぐさま始めるべく立ち上がる。部屋に戻ろうとした矢先に顕彦に呼び止められた。

「待て、いまから描き始めるのか」
「描くっていってもデッサンだけだ、高校のときにもやってた知ってるはずだ。それに夜が明けるのはまだ先なんだ、少しくらい夜更かししてもいいだろ」
「だからって」

 触るとなればそれなりの時間を食ってしまうので残念だが諦める。夜はまだ長くとも集中してしまえばあっという間だ。背後で何かいっている顕彦の声を振り切ってすぐさま部屋に戻る。
 どこに置いたのか漁っている最中、顕彦がため息を吐き出すのが聞こえた。あきれているのだろう、だがその場から離れないのは了承したと勝手に解釈した。
 どうせ夜は長いのだ、こうして二人で朝を迎えるのも一興だ。顕彦もそう思ってくれてたらいいと自分勝手な思いを抱いた。 



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