部誌7 | ナノ


凍った瞳



スモーカーという人間は、よく分からない。
同期の中でも出世頭だ。ヒナと並び、佐官となっている。おれを含む同期の人間はまだ頑張っても尉官なので、相当早い出世だろう。そもそも巨大な海軍という組織の中で、佐官になれる人間なんて一握りだ。しかも海軍には定年退職なんてもんはないに等しい。上の人間が辞めないから、管理職につける人間は本当に少ない。平の海兵で終わる人間も多いので、おれとて出世頭のひとりと言える。その中でも群を抜いているのが、スモーカーとヒナだった。

管理職ともなれば、平の海兵では分からないことも出てくる。部下の上に立つということは、並大抵のことではないのだ。若くして佐官になったスモーカーやヒナは、実力があるとはいえ苦労することもあったろう。二人はとても仲がよかった。
おれも、尉官のひとりではある。自分より年下の人間に命令しなければならない。中には若造めと侮られることもあり、彼らをどう御していくのか、その方法を同期で上司のスモーカーやヒナに相談することもあった。だから、他の海軍の人間よりかはまあ仲がいいんだろう。けれど他の尉官の同期ほどではなく、同期での飲み会で少し話した程度だった。
おれは恥ずかしながら独りを好み、なれ合うことが苦手なのだ。自分で解決できることであるならば、自分で解決してしまいたい人間だ。自分の悩みをひとに打ち明けることが、どうにも不得手だった。
だから、スモーカーという人間をよく知らないし、どんな思考で生きているのか、全く分からないのだ。



いつからだろう。夜半すぎに、スモーカーがうちの部屋の扉をノックするようになったのは。
荒々しいノックを、いつしか覚えてしまった。開けずにいれば扉を蹴破らんとしてくるので、開けざるを得ない。一度それをして扉を壊されて、大家に怒られたことがある。
引っ越しをしても一緒。上司特権からか、いつの間にかおれの家の住所を割りだし、あの荒いノックをしてくるのだ。迷惑極まりないし、もしやこれはストーカーと変わりないのでは、と思ったこともあったが、誰に相談できる訳でもない。こういうときに己の性分をどうにかできないものかと考えるのだが、できた試しはなかった。

どうしようもない袋小路。
おれの最後の砦であるはずの自宅なのに、おれを守らない。求められるままに、おれは扉を開けるしかないのだ。

スモーカーとの間に会話なんて上等なものはない。ノックされて、扉を開ければ押し入られる。おれは煙草とは無縁の人間で、煙への耐性というものが薄い。スモーカーが侵入した途端襲いくる煙に噎せ、けほりと咳を零すと、スモーカーは舌打ちして口にしていた2本の葉巻をもみ消す。最早お決まりのルーチンワーク。おれの部屋の扉の近くには、おれが使わない灰皿が設置されるようになってしまった。
腕を掴まれ、勝手知ったる他人の家とばかりに寝室へと移動していく。乱暴にベッドのうえに投げ出されると、ギシリと安普請のベッドが軋む。衝撃に息を詰まらせると、おれの腰を跨いだスモーカーが、体の一部を煙にしておれを押さえつけた。
何度も繰り返されてきたこの行為に、抵抗する気も起きない。毎回されるがままでいることに気付いているだろうに、それでもスモーカーは、その能力でおれをベッドに縫いとめる。

腰と腕、両足に煙で枷をしたスモーカーの膝から下はない。おれを封じ込める煙のためだ。体の一部を煙にできるというのは、ほんとうにむちゃくちゃだと思う。悪魔の実ってほんととんでもない。
慣れたもので、膝から下がなくても、スモーカーは困らない。おれの腰の両脇に膝を置き、そのままズボンを脱いでいく。上は着てないようなもんだし、ストリップは一瞬だった。
真っ裸のスモーカーが、おれの腹に腰を下ろし、M字に足を開く。目を逸らしても無駄なのはいつものことなので、仕方なくその行動を目で追う。

すでに準備されていたのか、スモーカーのそこは赤く腫れあがっていた。テラテラと光っているのは、ローションか何かだろうか。見せびらかすように2本の指がそこに侵入する。ぐちりと水音を立てて開かれたそこから、とろりと何かが零れ、オレの腹部のシャツを濡らした。
自らの意志で排泄器官であるはずのそこと性器へと変貌させた海軍大佐は、何故かおれに抱かれたがった。なぜなのかは分からない。彼からの明確な言葉もない。突然訪ねてきて、突然おれの家に侵入し、突然襲いかかってきた。おれはまるで嵐に巻き込まれたみたいに翻弄されるだけで、彼が去った後の部屋で溜息を吐くぐらいしかできなかった。

彼が抱かれる術をどこで学んだのかなんて知らない。判らない。ただ、初めて彼がおれの家を訪ねたとき、処女だったことは確かだった。男に処女というのもなんだか変な感じがするが、まあ、彼は未開通だったのだ。
おれに乗っかって、おれに貫かれても、スモーカーのそこに反応はなかった。苦しげな呼吸と、目尻に滲んだ涙は、きっと痛みからに違いない。おれは変な薬を飲まされて無理矢理たたされていて、狭すぎるそこは、反応しきったおれのものには痛いだけだった。

散々なハツタイケンとやらが終わっても、スモーカーの奇行は終わらなかった。
おれは本部勤務で、1年のほとんどをマリンフォードで生活している。スモーカーはその信念か何かから本部にいつくことはなく、ほとんどが海の上で生活している。まれに本部に戻ったとき、彼は毎回おれの部屋を訪ねてくるのだ。帰還の度にセックスを強要されていたので、スモーカーの帰還の噂を聞いて逃げ出したことがある。スモーカーはその度におれを見つけ出し、どっかのホテルに連れ込まれるので、特殊能力もないおれがスモーカーから逃げるのは不可能だった。

だからおれは、逃げもせず抵抗もせず、なすがままなのだ。
人間というものは不思議なもので、はじめの頃に使用されていた薬がなくても、おれは反応するようになってしまった。スモーカーと薄暗い密室で二人きりになり、ベッドに倒されるという面倒臭いルーチンを踏んでようやくスイッチが入る程度ではあるが、それでも。
男相手に反応するようになってしまったのだから、おれは犬になった気分だ。パブロフの犬とは、まさしくおれのことだったのかもしれない。

スモーカーの息が段々荒くなってきて、水音もやけに大きく聞こえる。腹の上でもぞもぞされたせいか、おれのそこも段々と反応してきていた。尻でそれを感じているのだろう。尻の割れ目をズボン越しのそれに押し付けるようにぐりぐりと尻を動かす。拘束されたおれに成す術はなく、見ていることしかできない。
彼が言葉にしないのに比例するように、おれも言葉を無くしていた。何かを語ることはなかった。そうした時期は、とうに過ぎたのだ。
スモーカーが腰を上げ、おれのベルトを外す。ズボンのボタンを外し、下着をずらす。彼自身が脱いでもおれがすべてを脱がされることはない。すべてを脱がせるのは面倒なのだろう。服を汚されるのはおれとしても本意ではないが、だからといって裸で抱き合いたいかと問われれば言葉を失う。果てしなく微妙な問題だった。

反応したおれのものを取り出し、舐め、愛撫し、ある程度の硬さになると、熟れた性器と化したそこに埋めていく。おれの意志を必要としない行為は快楽を伴うものであるが、おれに必要なものでもなかった。いつ到来されるかわからないので恋人はできないし、できてもすぐにふられてしまう。

「んぅ……あ、あ」

ガクガクと足が震え、膝から下がないためか踏ん張りがきかないようで、自重に促されるままにスモーカーの腰が落ちていく。同時におれのものがスモーカーの中に埋まっていき、その衝撃にか喉が、体が反っている。
感じ入って震える淫靡な体は筋肉質で、およそ女とは言い難いほどにたくましい。厚い胸板も、体に残る傷痕も、震えながら先端から白濁を垂れ流す陰茎も、どこを見ても男そのもの。それでもスモーカーは、女のように体を開き、男のおれを受け入れる。体の一部を、受け入れるための性器に変えてまで。

この行動にどんな意味があるのか、おれは知らない。
おれを見下ろすスモーカーの瞳には熱が宿り、しかし同時に、おれを観察する冷静さもあって。尉官なんて地位にいても頭のよろしくないおれは、熱に隠れ、凍った瞳でおれの様子を窺う彼の真意を読み取るなんて器用な真似ができるはずもなかった。

おれの腹に手をつき、何度か腰を動かしているが求める場所に当たらないらしい。もどかしげに眉をしかめ、大きく息を吐いたスモーカーは、おれを見下ろし、首を絞めるように、逆らう力を失わせるように、何人もの命を奪ったであろうその大きな手をおれの喉に手を当てて、命令する。

「動け」

途端、枷だった煙がスモーカーの体に戻る。五体満足のスモーカーの強い視線に促されるまま、正常位になるよう体勢を変えた。

「物好きだな、スモーカー」

「うるせえ、いいから早く、」

全てを言わせず、足を担いで腰を動かす。何も考えなくても、おれの体は本能のままに動いてくれるからよかった。優しさとか労りとか、そんなものはこのセックスには必要ない。だってそうだろう、相手はスモーカーだ。上司で、同期だが、男だ。おれより屈強な男なのだ。

このセックスに意味を見いだせないまま、おれは今日もまた、たくましいこの男を抱くのだ。
それが、男で、同期だが、上司である彼の、命令だから。





これだ、とスモーカーはあえぎながら思う。
いつもは丁寧で優しげな彼の、荒々しいまでのセックスは、まるで恋われているような錯覚を起こす。穏やかで親切な海兵の皮を被ったこの男は、いつも俯瞰で物事を見る。まるで自分なんか関係ないとばかりに。
優しくなんかない。丁寧でも穏やかでも、親切でもない。ただ彼は面倒臭がりで、すべてに興味がないだけだ。

その彼が、スモーカーとのセックスの時だけは、その瞳に熱を宿すようになった。いつもは笑っていない、凍ったような瞳でスモーカーを見ているのに、この時だけは違うのだ。
いつからかは分からない。判りやすい熱でもない。凍る瞳に潜むそれを、青い炎のようだと思った時、歓喜に震えた。青い炎は、赤いそれよりも温度が高い。まるで彼の瞳に潜む感情が、熱量が、それに当てはまったような気がした。それだけで達してしまった。それぐらい、スモーカーは彼に求めて貰いたかった。

恐らくその欲を愛とも言い換えられるのだろうが、それを知るのは今は己だけでいいと、スモーカーは思っている。
いつか己と彼の思いのたけが釣り合う、その日までは、このままで。



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