凍った瞳
「強くなったね、什造」
「!」
ビッグマダムを倒した什造の前に姿を見せたのは、だらしない格好で無精髭なのにどこか清潔感の漂う中年男性だった。後ろへ撫で付けた黒髪は癖毛なのだろう、毛先が好き勝手に遊んでいる。ボロボロのジーンズは誰のものか分からない血液を大量に吸い込んでいる。色が変色してもとの色が判別出来ないくらいだ。この場にいるということは、喰種なのか。一般人は競売用の小綺麗な人間ばかり。そして、CCGにこんな奴はいない。そこから導き出される答えは、敵であるということ。部下がクインケを構え、什造を守ろうとその背に庇う。
だが、什造はそんな部下を放り出して、敵である男へ駆け寄っていく。
「什造先輩!」
阿原の叫びをかき消すように什造の嬉しそうな声が響く。
「パパァ!」
駆け寄り抱きつく什造を造作もなく受け止めた男はそのまま什造を軽く抱きしめる。
「元気そうだね。マダムと逃げてからだから…………?はは、何年経ったか分からないや。だけど、什造がこんなに大きくなっているんだから、時間の流れは早いね」
「パパは変わってませんね〜あの頃のままです〜」
「そうかな。これでも年取ったと思うんだけど」
「変わらないですよ〜!カッコいいパパのままです〜」
会話だけ、二人の様子だけをかい摘まむと久しぶりに再会した親子の微笑ましいシーンだろう。だが、状況がそれを良しとはしない。相手は喰種。什造はCCG。お互いに殺すべき相手。それなのに、什造は全く警戒をしていない。男の方もしていないのかもしれない。だが、その確証は得られない。阿原たち部下は気を緩めるなんて出来なかった。
「什造は?ハトに入ったと聞いていたけど、今もまだそこにいるのか?」
「そうですよ〜。パパは相変わらずふらふらしてるんですか〜?」
「はは、手厳しいなぁ」
什造の頭を撫でながら形は悪くない眉を八の字にする。喰種だというのにそれをジーンズ以外から匂わせないその存在に、悪寒が走る。隙があるようで、ない。隙だらけだという連中は、気付けていないのだろう。それは、作られた隙であると。
「あ!パパ紹介するですよ〜」
部下のことを思い出した様子の什造が、男の手を引き、阿原たちの前まで連れてくる。しっかりと握られた手は2度と離さないと口ほどに訴えてくる。
「パパ、みんな僕の仲間です〜。パパですよ〜」
「什造がお世話になっているようで」
頭を下げた男に1人手に持っていたクインケを向ける。その目は得たいの知れぬ存在を目の当たりにしたように恐怖に怯えていた。
だがその恐怖は別の恐怖によって上書きされることになる。
ガンと鈍く鋭い音が響いた。それは部下のクインケを弾きとばす什造のジェイソンだった。飛ばされた部下は何が起こっているのか訳が分からなかった。だが、すぐに什造の瞳から溢れ出る殺気に足がすくむ。
「何してるんですか〜?」
ジェイソンを手に持った什造は笑っているのに笑っていなかった。背筋がやけに寒かった。什造の後ろで男はニコニコと笑っている。
「こら什造」
什造の頭を軽く叩く。その口調はやはり、什造が呼ぶように父親のそれだった。たいして痛くも無いであろう頭を撫でながら、恨みがましそうに什造は男を見上げる。困った様子の表情のまま、男は部下へともう一度頭を下げた。
「駄目だろ?仲間は大切にしなさいって、俺何回教えた?」
不満を男に言いながらも、どこか楽しそうな什造。だからこそ、気味が悪いと思うのだ。父親の顔をして、父親の声色なのに、どうして瞳は父親のそれでは無いのだろう。
什造の様子に、ただただ、警戒音が阿原たちの頭の中で鳴り響き続けている。
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