部誌7 | ナノ


のどがいたい



恋は始まっていたのに、気付けないで終わってしまった。
それはありきたりで、何処にでも転がってそうな話だが俺にとってはたった一つしかないもので。
幸せは失ってから気付くものだとちんけな台詞を思わずにはいられなかった。

「よう。」
「よっすよっす。」

町でばったり会ったなまえに片手をあげて挨拶すれば、向こうも同じようにかえしてきた。
恋だと認識して以来、些細なことでさえこんなに胸躍るなんて気づきもしなかった。
笑いかけるのなんて誰にでもする行為なのに、嬉しすぎて叫びたくなる。

「なんか久しぶりな感じじゃね?」
「一昨日会ったよ。」
「そうか?」
「一昨日も同じこと言ってた。」
「銀さん世界救うのに頭一杯で覚えてねーわ。」
「はいはい。」

嘘だ。
一言一句…とは言わないが、どんな話をしたか覚えてるし、なまえがどんな顔をしてたのかも知ってる。
呆れたように笑うなまえの顔に出来た笑窪をつつきたい衝動にかられながら、自分の頭を掻いてごまかす。
薄緑の着物はこいつのお気に入りだ。
何かいいことでもあるのだろうか。

「今日は休み?」
「そうだよ。銀さんこそ、どうなんだい?」
「馬鹿ヤロー、銀さんは飢えた子供たちの為にだなぁ「資金を増やそうとパチンコでスった?」…。」

今度こそ本気で呆れたように俺を見つめる視線に思わず顔をそらす。
見つめんな馬鹿、別な意味でも胸が痛いわ。

「新八くんと神楽ちゃんに怒られても知らないから。」
「…おぅ。」
「まぁ何時もだけどさ。」
「ソウデスネ。」

うちの奴らとも仲が大変よろしいなまえは、仕事の依頼で知り合った。
なまえは茶屋を経営していて、店の土地を地上げ屋から守ってほしいとの依頼だった。
元は俺がその店の餡蜜が好きで通っていたので、なまえの顔を知ってはいたが、只の客と店員でしかなかった。
依頼を通して仲良くなり、今ではなんだかんだいって店のご飯を奢ってもらったりしてる。

「これからどーすんの?」
「ふふ、デートって奴だよ銀さん。」
「…マジか。」
「マジですよー。」

嬉しそうに頬を染めるなまえの姿は可愛いが、心中穏やかではない。
それでお気に入りの着物を着ているのか、実につまらない。
相手は知ってる、くそつまらない一般人だ。
俺と言う格好いい男がそばにいるのに、それに気付かないなんて、もったいないと思うのは驕りだろうか。

「銀さんこれからなまえの作る餡蜜食いたいんだけどー。」
「え、ムリ。」
「ばっさり断るな、おい。」
「だって元々決めてた約束だもん。また今度ね。」
「…銀さんをふってタダですむと思うなよ。」
「ふふ、知ってる。」
「!」

楽しそうに、艶やかに笑うなまえの表情に身体が硬直する。
次の瞬間、頭から足の先まで血が一気に駆け巡る。
今絶対顔が真っ赤だ。

「じゃあね、銀さん。」
「ーっ!」

名前を呼びたくても喉が渇いて、声がかすれてしまう。
唾液を飲み込む隙に袖を振って立ち去るなまえの後ろ姿は美しかった。

「何度、」

名前を呼んだだろう。
言葉を交わしただろう。
なのに、肝心な気持ちは伝わらない。
後何度呼べば気付くだろうか。
それまでに俺の喉は壊れずに持つだろうか。
あり得ないのに、そう思ってしまうのは恋のせいだ。



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