部誌7 | ナノ


あいいろの祝福



太刀川慶にとって、幼い子供は鬼門であった。
のらりくらりと生きてきたために、気遣いなんてものとは無縁だった。兄弟はおらず、親戚に年下の子供もおらず。生粋の一人っ子気質の太刀川にとって、子供なんてものは未知の生命体と言っても相違ない。

「慶。彼はみょうじなまえくん。よろしく頼むよ」

だから、師匠である忍田真史にスポンサーの子供の面倒を見ろなんて頼まれても、困ってしまう。

「よろしくおねがいします、けいくん?」

無表情ながら、こてりと首を傾げるその仕草にきゅんとしたなんて、そんなことは多分、ちょっとしかないのだ。




みょうじなまえは、生まれながらにしてトリオンの量が尋常ではなかった。最近入ってきた玉狛のトリオンモンスターと張るぐらいで、それを危ぶんだなまえの両親が、彼をボーダーへと連れてきたのだった。なまえの保護と、護衛。そして正しい力の使い方の指導。それが、なまえの両親がボーダーを支援する条件だった。
年若い方がトリオン量が多いことは確かだが、まだ4歳と幼いなまえに戦い方を教えるのは早すぎると判断されたため、体を鍛えても負担のない年齢になるまでは、保護と護衛がメインとされた。

護衛に指名されたのが、ナンバーワンアタッカーである太刀川だった。ノーマルトリガー最強の名は忍田のものであったが、彼には彼の仕事がある。忙しさからすれば、太刀川と並ぶべくもない。呑気な大学生である太刀川が宛がわれたのは、当然のことといえた。
護衛に向きそうな人間は他にもいただろうが、なまえがまだ4歳であることや、派閥の兼ね合いも考えて、太刀川が指名された。様々な思惑があるらしいが、ぶっちゃけ太刀川の知ったことではなかった。与えられた仕事をぼちぼちやるぐらいだ。
近界民が攻めてきたときにはもちろん太刀川隊も戦いに出るが、出撃命令が来る順番は、最後の方に回されるようになった。ギリギリまでなまえの護衛をしていろ、ということらしい。B級で倒せるような雑魚のために出る必要がなくなったのはいいことだと、太刀川はそれを喜んで受け入れた。

出撃しないということは、その分なまえと過ごす時間が増えるということで。
それはそれで結構面倒だなあ、と思っていた太刀川であったが、その予想は裏切られた。なまえは、太刀川の想像するような子供らしい子供ではなかったのだ。

大人しく、手が掛からない子供だ。どちらかといえば無表情で、もしかしたらちょっと鈍い。太刀川が何か言えば、ワンテンポ遅れてこくりと無言で頷くような。まあまだ4歳だし、太刀川の言葉選びにも問題はあるのだろう。
普段、太刀川隊に与えられた部屋に引きこもっているときは、なまえは絵本を読んだり、絵を描いたりしている。一人遊びがうまいようで、わがままをいうこともない。楽な仕事だ、と太刀川は思ったものだった。何より部屋にいれば、出水や国近が率先して構うので、太刀川が何かしてやる必要もないくらいだ。

太刀川が部屋を出るときはその後ろを言葉もなくついてきて、歩幅の違いか、追いつけなくなれば小走りになる。けれど歩く速さについて太刀川に進言する訳でもない。太刀川は出水に言われてようやく気づけた。
それから歩調を合わせて歩くように気をつければ、なまえはすぐに気づいた。頬を少し赤らめて、小さくはにかんでありがとうと告げた。何が、なんて知らない振りをしたけども、実際にはそれ以上なまえを見てられなかっただけだ。なまえの微笑みを初めて見た太刀川の鼓動は、今までにないくらい早く響いたからだ。

少しなまえに注意を払うようになれば、出水や国近がなまえによく構っている理由のわかる気がした。両親は仕事で忙しく、あまり一緒にいる時間がないというなまえは、甘え方を知らなかった。寂しくても我慢するのが当たり前だったというなまえだから、二人はなまえに構っていた訳である。
ここにいるみんなに甘えていいんだよ、と国近が告げた。その時なまえがした精一杯の甘えが、太刀川のジャケットの裾を掴むことだったのだ。その時点で太刀川のなけなしの庇護欲は振り切れていた。なにこのこかわいすぎる。思わず膝の上に抱き上げると、なまえは驚きにか何度か目を瞬かせたあと、あのはにかみ笑顔を見せたのである。

「なまえくん、かわいい!」

太刀川隊(唯我除く)の心がひとつになった瞬間であった。
そこから、太刀川隊の命題が、いかになまえを甘やかすか、というものになったのは言うまでもない。

誰がなまえを、どう甘やかすか。
太刀川隊(唯我除く)の中で、半ばレースめいたことになってきた。
おやつをあげたり、ジュースをあげたり、一緒に遊んだり。幼いなまえとできることは限られていて、その中で試行錯誤を繰り返すのは、なかなかどうして、面白かった。報酬は恥じらうなまえの「ありがとう」で、それだけで満たされた。

太刀川たちにも生活があるので、四六時中なまえについてやれる訳ではない。太刀川たちが学校に行っている間、なまえがどうしているかといえば、自宅で家庭教師にマナーや語学などを教わっているのだという。幼稚園に通わせるのを、なまえの両親は不安に思っているらしい。
過剰なトリオン量を持つなまえを心配するのは仕方がないとはいえ、小学校にあがるときはどうするつもりなんだろう、と考えはしたが、そこはなまえの両親が考えることだし、なまえが小学校に上がるときには、太刀川は大学を卒業しているはずだ。小学校での護衛も辞さない。そう宣言すれば、まず大学を無事に卒業してから言え、と忍田に叱られた。
家庭教師から自宅で教わっている間もボーダーから護衛が派遣されているとなまえから聞いた。誰が派遣されているのか、太刀川は知らない。太刀川たちが集まる時間になると、なまえはボーダーまでやってきて、太刀川たちと一緒に過ごす。そこで太刀川たちは、一緒に遊びながら、トリオンコントロールの方法なんかをこっそり教えたりしている。

なまえの両親はよほど大口のスポンサーらしい。すでになまえには、トリガーが支給されていた。もちろんそれは戦うためのものではない。いざというとき、緊急脱出で帰還するためのものだ。つまりなまえは、普段トリオン体で生活していることが多いのである。成長に影響が出る可能性があるため、頻繁な利用は避けているらしい。だが、外出するときは必ずトリオン体になってから、と厳命されているようなので、なまえの両親の過保護ぶりがわかる。
小学校に通うようになれば、もしかしたら常にトリオン体になる可能性もある。いざというとき自分の身を守れるように、太刀川たちもトリオンのコントロール方法をなまえに伝授しているのだった。トリオンの自在に操ることにかけては、出水の右に出るものはいない。トリオンキューブを使った遊びで、コントロール方法を教えている。太刀川がなまえに教えられることと言えば戦闘くらいのものなので、出番はもう少し先のようだった。

なまえの遊び相手としては、出水が恐らく一番相手をしている。国近もなかなか面倒見がよく、一緒にゲームで遊んだりしていて、日常生活で割合ポンコツな太刀川がなまえにしてやれることは少ない。それでも、なまえが一番懐いているのは、太刀川だった。
太刀川を目にすれば駆け寄ってくるし、何か怖いこと――たとえば事情を知らない他隊員が、なまえの存在を訝しく思ったり、ランク戦に負けた苛立ちから、そのままそれをなまえにぶつけたり――があったとき、真っ先に太刀川の後ろに隠れる。かくれんぼをしていた時、トリオン体だった太刀川のコートの中に隠れたときは、かわいすぎて死ぬかと思った。出水と国近と一緒になって悶えた。

まあつまり、なまえは太刀川を慕っているし、頼りにしているのだった。
なまえの可愛さを実感してしばらくしてから、なまえの存在を知らしめるように抱っこして本部内をうろついたのもよかったのかもしれない。怖くないお兄さんやお姉さんを紹介している間、なまえはずっと心細さにか太刀川の袖をぎゅっと握っていた。怖くない、と説明はしているものの、言葉だけでは足りなかったらしい。途中から抱き上げてやると、緊張してか、体がガッチガチに固まってしまった。それでも太刀川はそのまま施設内を案内したり、知った人物を紹介したりしているうちに、なまえの緊張もほぐれていった。

それ以来、なまえは太刀川に触れることによって安心を得ようとするようになった。
至福である。天国である。
気付いたらそこになまえがいるとか、なんのご褒美なんだ……? それを思わず口にした瞬間通報しようとした出水をまだ許していない。

なまえが本部にきたとき、比較的時間に融通のきく太刀川が出迎えることが多い。太刀川を目にすると駆け寄るなまえにでれでれ相好を崩してしまうし、そのままなまえを抱き上げるのは必須だ。
おかえり、と口にすれば嬉しそうな顔でただいまと帰ってくる。そのままなまえに頭を撫でられるようになったが、太刀川はそれを喜んで受け入れた。なまえからの接触は、どんなものであれ喜ばしいからだ。立場逆転しちゃったよね、と国近に言われたが、なんのことだかわからない。なまえがよければもうなんでもいいのだ。

出撃も、ランク戦も、太刀川の好むものだ。
けれど同じくらいなまえのことも好きなので、ランク戦をほっぽってなまえに構うことが多くなった。ランク戦でなまえが応援してくれれば、がぜん張り切るようになった。いつの間にか、身内の中で「犬」とあだ名されるようになっていた。解せぬ。

そんなこんなで、太刀川の毎日は楽しい。彩りに満ちている。子供の世話なんてめんどくさい、なんて思っていた自分を殴り倒したいくらいには、なまえとともにいてうれしい。

「なまえくん」

呼びかければ、なまえは何をしていてもぱっと太刀川へと顔を向ける。どうしたの? そう言葉もなく瞳で告げてくるなまえの方が、よっぽど犬っぽい。しかし周囲からすれば、太刀川の方がよっぽど犬らしいという。

「だってー、毎日なまえくんの到着をエントランス近くで待ってるし、なまえくんの好きなものは譲ってあげるし、なまえくんが何か言う前に察してなんでもやっちゃうじゃないですかー」

忠犬ハチ公みたいって、噂ですよ。
国近の指摘に、思わず唸る。つまり、なまえと接する機会の少ない他隊員たちにはなまえの犬っぽさを理解できないのだろう。なまえを差し置いて犬と評されるのは納得いかない気もするが、なまえを見せびらかしはしても、接する機会を与えたいとは思えないので、今の状況を甘んじて受け入れるほかない。

「けいくん」

言葉少ないなまえの、名前を呼ぶ言葉の甘さを、自分以外の誰も知らなくてもいい、と思う太刀川は、己の感情の根底にあるものに気付いていない。

「けいくん、おめでとう」

太刀川隊の一室で、太刀川の隣に座ったなまえから差し出された藍色のリボンで包まれた袋を受け取る。なまえからすれば大きいそれに首を傾げると、あのね、となまえが内緒話をするみたいに、体を乗り上げて太刀川に耳打ちする。

「おたんじょうび、おめでと」

頬をピンク色に染めてへにゃりと笑ったなまえが可愛すぎて思わず抱きしめる。
もう犬呼ばわりされようが構わない太刀川なのだった。





「……筆記用具はわかるけど、なんで犬用ジャーキーも?」

「それ、こうへいくんのおすすめ」

「(出水しばく)」



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