部誌7 | ナノ


あいいろの祝福



「お祭りって、こんなに楽しいものだったのね」
「楽しかったか?」
「えぇ。とっても」

カラン、コロンと下駄を鳴らしながら少女と青年が並んで歩く。
青年は柔らかく微笑んで少女を見下ろし、少女は青年を見上げて嬉しそうに微笑み返す。

「今まで損していた気分だわ」
「これから、その分楽しめばいいだろう」
「そうね。これからも一緒に行ってくれる?」
「君が望むなら、いくらでも」
「やったぁ」

嬉しそうに少女が跳ねるのに合わせ、ぱしゃりぱしゃりとヨーヨーが音を鳴らし、そんな風にはしゃぐ少女が何よりも愛おしいのだと、青年の瞳は雄弁に語る。

「不思議ね。夜も、神社も、あんなに怖かったのに、貴方となら全然怖くないわ」
「そうか」
「夜はアヤカシにどこかに連れて行かれそうになるし。神社はカミサマにどこかに連れて行かれそうになるし。どっちにもいい思い出がなかったわ」
「君はそういうのに好かれやすいからな」
「でも、貴方に出会ってからそういうこともなくなったしね」

軽いステップを踏み、少女は数歩だけ離れ、青年の方を振り返る。
しかし、月の隠れる闇の中、灯りのついた提灯を持つ青年の表情は、少女からはうかがうことが出来ない。

「こういう真っ暗なところも怖かったの。どこから何が来るかわからないんだもの」
「……なら、こっちに来ればいい」
「えぇ、そうね」

青年の言葉に少女は笑うと青年の隣に戻り、青年を見上げて微笑んだ。

「何が来ても、守ってくれるんでしょう?」
「あぁ」
「だったら、貴方と居れば私はどんな場所も、もう怖くないわ」
「じゃあ、俺と来るか?」
「え、」

不意にざぁっと強い風が吹き、少女は思わず目を瞑り、恐る恐る目を開くと辺りの景色は様変わりしていた。

「ここ、は……」
「……俺の、神域だ」

目を丸くする少女の横で、青年は提灯の灯りを吹き消している。
さっきまで二人は神社で行われていた祭りから帰るため、灯りのない道を提灯一つを頼りに歩いていた。
しかし、今二人が立っているのは太陽の明るさでも、月の明るさでもない、不思議な明るさに満ちた、白い花の咲く木々に囲まれた道に立っている。
そして、その白い花は少女には見知った花だった。

『あら、そのお花なぁに?』
『土産だ。庭に植えると良い』
『綺麗なお花ね。ありがとう。庭師さんにお願いして、接ぎ木してもらうわ』
『そうするといい』

その花は、ある日青年が少女の家を訪れた時に持ってきた花だった。
その花は、様々な花に詳しい庭師も知らない花だった。
その花は、一年中庭の片隅で花を付け続ける花だった。

『この簪、私に?』
『あぁ、馴染みの細工師に作ってもらった』
『あ、この前持って来てくれたお花と同じ形のお花が付いてるのね』
『あぁ』
『素敵!これからはこれを使うわ』
『そうするといい』

その花は、青年が少女に渡した簪のモチーフになっている花だった。

『……なんだ、迷子か?』
『お兄さんだぁれ?』
『お前こそ誰だ。こんな所に一人で居ると危ないぞ』
『うん…』
『帰り方、わかるか?』
『わかんない…』
『……とりあえず、近くの人通りが多い所まで送って行ってやろうか』
『うん。……あ、お兄さんの髪にお花ついてる』
『あぁ、さっきまで昼寝してたからその時に付いたやつだろ』
『そのお花、欲しいなぁ』
『……やる』
『わぁ。ありがとう』

その花は、初めて少女が青年に会った時、青年の髪に付いていた花びらと、同じ形の花びらをした花だった。
その花は、青年が初めて少女にくれたモノだった。

その花は、青年が少女に与え続けている想いによく似ている。
その花は、少女が青年に向けている想いによく似ている。

「……どうする」
「え?」

静かな青年の声に、少女はきょとんとした表情で青年を見上げた。

「俺と、来るか?」
「えぇ。貴方と行くわ。貴方の所に、行くわ」

かすかに語尾が震える青年の問い掛けに少女はあっさりと頷き、青年は驚いたように少女を見た。

「いいのか?」
「もちろん。私があの家に、一人で居るのを心配してくれてるんでしょう?」
「……」

にこりと笑って青年を見つめる少女に、青年は視線を外して伏せた。
その反応が何を示しているか、少女はよく知っていた。

「父様も母様も、もう、だぁれもあの家には居ないものね」
「あぁ」
「あの日からね、あの家に一人で居てね、怖くて、寂しくて、ずっと貴方がくれた花の傍に居たわ」
「あぁ」
「今日、貴方がお祭りに誘ってくれたのは、そんな私を心配してたからでしょう?」
「あぁ」

少女の言葉に小さく頷いて答える青年を見つめ、少女は微笑んだ。
とても綺麗に、微笑んだ。

「何が来ても、守ってくれるんでしょう?」
「あぁ」
「だったら、貴方と居れば私はどんな場所も、もう怖くないわ」

数分前に交わした会話と同じやりとりをし、嬉しそうに微笑む少女を見て、青年はほんの少しだけ、泣きそうな表情を浮かべた。

「私は貴方とずっと一緒に居たいわ。だから、私のこと、守ってくれる?」
「あぁ、もちろんだ」
「それなら、私、貴方の所に行くわ」
「…ありがとう」

ふわりと柔らかな風が吹き、まるで祝福するかのように、二人へ白い花びらが降り注いだ。



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