部誌7 | ナノ


あいいろの祝福



 青を原色ではなく、明るいブルーや水色などを含む色の総称であるとすれば、藍色はより濃く深い「青」、インディゴやヒロシゲ・ブルーなどと呼ばれる色のことだ。今日の礼は半透明の青く薄い布が重なり合っているドレスを着ていて、動くたびに藍色のグラデーションがひらりとはためく。

「……虹は何色で出来ているでしょうか?」
「7色。確か、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫ね」
「半分正解で半分はずれ。日本ではその7色だけれど、世界的には『藍』無しの6色という地域が多いんだ。3色で構成されている、という部族もいる」
「なまえ君、急にどうしたの。なぞなぞはいつも解く側なのに」
「いや、このドレスを見たらちょっと思い出してね」

 礼と俺はプロのソシアル・ダンサーだ。社交ダンスとも呼ばれるそれの、三年連続日本一に君臨する王者ペアでもあった。この後の最終審査で優勝すれば前人未到の四連覇である。本来ならば最終調整を行うべき短い休憩時間だが、俺達はフロアの端で雑談を交わしていた。決して前年度優勝に胡坐をかいている訳ではない。

 フロアの調整が終わり、決勝に残った5組の番号が呼ばれる。課題はクイックステップ。ゆったりした曲調の多いスダンダードの種目でありながら、跳びはねる動きの多い軽快な踊り。苦手という程でもない。事前の練習どおり礼のエレガントさを残しつつリードする。楽しみながら、いつも通りに――否、今まで以上に。これで最後なのだから。

「さ、行こうか」
「ふふ、よろしくね」





 結果は予想通り俺達の優勝だろう。これで最後だと思うと世界に二人だけしか居ないような気分になったけれど、動きは体が覚えている。すぐに持ち直したからノーミスに終わった。順位発表に備えて舞台袖へ回る。俺にとって今日一番の勝負どころはこれからだ。

「礼」
「なあに?」
「パートナー、解散しよう」

 礼が目を見開いて固まる。
大学からずっと一緒にやってきたけれどこんな顔を見るのは初めてだ。レアショットだなあ、などと頭の隅で思った。

「……どうして、」
「そろそろ節目かな、と」

 パートナーを組んで10年。全日本で優勝を3回(もうすぐ4回)。十分やってこられた。まだ出来るかもしれないが、悔いは無い。

「なんで、勝手に決めるのよ……そんなのみょうじ君の我侭じゃない!」
「礼がこれから活躍するのは体育館のフロアじゃないだろ。芸能界だ」

 礼は隠し通すつもりでも、大手プロダクションから好待遇でスカウトされたとなれば周りの人間が黙ってはいない。噂を耳にした俺が担当者と連絡を取るのは拍子抜けするほど簡単だった。

「満更でもないんだろう。行ってこい。スポンサーとも話はついてる」

 パートナー解消の話を持ち出したのは、逃げ道を断つためだ。日本のソシアル・ダンス競技連盟のルールでは、男性にランク登録がついて回る。だから俺と礼がパートナー解消すれば礼は俺より下手な男性ダンサーと――もっと言えばランクもレベルも低い奴と――組まなければ競技を続けられない。酷なことをしている自覚はある。だが、すでに礼は女性ダンサーとして日本国内ではハイエンドなのだ。

「俺も、礼も。新しい道に進む時期が来てるってだけだよ」

 少し俯いた礼の目が涙の膜できらきらと光っている。水滴となって零れ落ちるまで時間の問題だった。壇上から名前を呼ばれる。どうにか作った笑顔で受け取った優勝トロフィーは、慣れているはずなのになんだか随分と重く感じた。

「――私達みょうじ・篠原ペアは今大会をもって引退いたします。今までたくさんのご声援を頂きここまでやってこられましたこと、本当に感謝しております。……私事となりますが、篠原は来月より美城プロダクション所属のタレントとなります。皆様、今後とも篠原を温かく見守っていただけますよう、よろしくお願い致します。」

 隣に立つ礼の、下睫を伝って涙が零れていく。ユーモアがあって頭も良くて、魅惑的な眼差しと体つきで人を惹き付ける癖に、実は大の怖がりで。こんな素敵なひとの相棒だった自分を俺はずっと誇りに思うだろう。トロフィーを抱き込んで、顔を上げたままはらはらと泣き続ける礼の両手をなんとか握る。少しだけ身じろいだ彼女のドレスは大勢の人の愛情と、俺からの友愛と、少しだけ悲哀を重ね合わせたみたいな深いあお。

「自分で思っているより君はずっと強くて美しいよ。一人でももう大丈夫だ」

「おめでとう、礼。いってらっしゃい」



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