部誌7 | ナノ


運命の選択



『帝都のある店である糸を買うと縁切りが出来る』

帝都のあちらこちらで囁かれる噂にそんな話があった。
噂で言われている店名も糸も、実際にあるものだったり、存在していない物であったり。
所詮、噂の一つと一笑に付すことがほとんどの噂話の一つだった。

「この店でこの糸を購入すれば縁切りが出来ると聞いたのだけれど本当なのかしら?」
「えぇ、本当ですよ。その糸の代金をお支払いいただけるのならば」

商品として並べてあった糸の束の一つを握りしめ、どこか切羽詰まった様子で店員に尋ねた少女に、店員は笑みを浮かべて頷いて見せた。

「それで、いくらなの?」
「店主に確認いたしますので、少々お待ちください」

ぐっと顎を引いた少女が震えながら糸を握る手を店員に差し出すと店員は糸を受け取り、軽く一礼をすると店の奥へと入って行った。
ぽつんと一人店内に残された少女は改めて店内を見回し、震える手を胸元で押さえて深呼吸をした。
店自体は流行っているとは言い難い、帝都の中心街から外れた場所にある、古びた店。たまたま耳にした噂に縋ろうという気がなければ、絶対に来ることのない場所だった。
インチキだろうがなんだろうが構わないと思っていたが、店の雰囲気に少女はすっかり呑まれてしまっていた。

「お待たせいたしました。店主が奥の方でお話をしたいということなのですが、どういたしますか」
「……あの糸を買えるなら、縁切りが出来るなら、ぜひ」
「では、こちらにどうぞ」

戻ってきた店員をじっと見つめてから頷いた少女に店員は軽く一礼し、店の奥へと促した。

「お連れいたしました」
「あぁ、入ってくれ」

店内と奥のスペースを仕切る暖簾の向こう側、その先にある廊下を少しだけ歩いた先にある扉に店員はノックをし、その後ろ姿を少女はじっと眺めた。
扉の向こう側から聞こえる声は妙に幼く、少女は震える手をぎゅっと握り直した。

「どうぞ」
「ありがとう、ございます」

扉を開けて促す店員に少女は軽く頭を下げて、扉の中へと入り、伏せていた視線を上げた。

「よういらっしゃいました。その椅子へどうぞ。縁切りがお望みということでよろしいですか?」
「……は、はい」

扉の向こう側にいた相手、この店の主だという相手は少女と同じか、やや年下ぐらいの少年だった。
その事実に少女はぽかんとした表情を浮かべ、ややあってから悠然と微笑む少年に勧められた椅子へと腰を下ろし、不安げな表情で少年に視線を向けた。

「驚いたでしょう?こんな子供が縁切りをします、だなんて」
「え、いや、まぁ…。でも、縁を、切れるんですよね?」
「えぇ。一度に一つのみ、貴方が望む縁を切りますよ」
「どんな縁でも、ですか」
「えぇ。それが縁であれば」

不安げな少女を安心させるように少年は微笑みかけ、少年の言葉に少しだけ俯いてから少女は決意したように顔を上げた。

「この人との縁を切りたいんです。お金は、いくらでも必ず払います」
「少しお借りしますね」
「はい…」

少女が二人の間にある机の上に一枚の写真を置き、少年は一言断りを入れてから写真を手に取った。

「んー、んんー…。そうだなぁ…」
「……」

写真と少女を見比べ、少年はしばらく唸ってからのろのろと腰を上げ、頭を掻きながら部屋の片隅に置いてあった戸棚へと足を向けた。
その様子を少女は不安げに見つめ、戸棚の中から何かを探しながら時々少女の方を眺め、何かを見透かそうとするような少年の瞳に居心地の悪さを感じた。

「この中の糸で、貴方だったらどの糸を切りたいと思いますか?」
「は、い?」
「あぁ、直感でいいですよ。深く考えないで、切りたいと思う糸を教えてください。それが、今回切る縁です」
「……はぁ、」

戻ってきた少年がずらりといくつもの糸を机の上に並べ、困惑しきった表情の少女に微笑みかけて、少しだけ首を傾げて見せた。
並べられた糸は色も太さもまちまちで、どれも綺麗で切るのはもったいないような気がすると思いながら少女は眺めていたが、ふと一つの糸が気になり始めた。

「あの、これ…」
「この糸がどうかしましたか?」
「切るなら、この糸がいいです」
「……わかりました。この糸ですね」

少女が指差した糸を手に取り、確認するように少女を見れば少女は硬い表情のまま頷き、少年は糸をじっと眺めて小さく頷き返し、机の引き出しから一枚の紙を取り出し、ペンを走らせ始めた。

「では、値段はこちらになります。その下に書いてあるのは縁を切るにあたって交わしていただく誓約の内容なので、よく読んでおいてくださいね」
「え、あ、はい…」

少年に差し出された紙と少年を、目をぱちくりとさせながら見比べ、少年が微笑んで促すと少女は紙に視線を落とした。

「えぇと、これは、つまり、『縁を切ってもらった後に何が起こっても補償はしませんよ』ということですか」
「ざっくりまとめればそうなりますね」

のろのろと紙から視線を上げた少女に、少年は頷いた。

「縁は、これまでその人が紡いできた運命の選択をより合わせた糸のようなものです。その人が紡いできた縁という糸を一本切ると、その糸に関連する運命の選択を元に新たな縁の糸が紡がれます。そうして紡がれた縁が、これまで存在した縁の糸とは異なるものということは保証しますが、それがこれまで紡いであった縁よりも良い物であるか、悪い物であるかということまでは、こちらでは責任を取れませんので」

机の上に並べられた糸を弄びながら説明をし、ちらりと向けられた視線に、少女はひゅっと息を飲み、ぎゅっと手を握りこんだ。

「じゃあ、現状よりも悪くなる、ということもあるんですね」
「えぇ、ないとは言い切れません」
「そんな…」
「ですが、現状を変えたいと願うのならば、悪くない話だとは思いますけどね」

確認するような少女の言葉に少年はあっさりと頷き、わずかに青ざめた少女に、少年はくるりくるりとペンを回しながら言い、持っていたペンを少女に差し出した。

「それで構わないのでしたら、その紙にサインと拇印をどうぞ。嫌でしたら、やめてくださっても構わないですよ」
「……」
「そこに書かれた金額を払い、貴方が選んだ縁を切って現状を変えるか、それとも今のままの縁でこれからも過ごしていくか。貴方の望む方をどうぞ。これも、運命の選択ですよ。今どうするかで、今後はきっと大きく変わるでしょう」

紙にじっと視線を落としたままペンを受け取らない少女に少年は机の上にペンを置き、その横に朱肉を並べて置きながら少年は少女の返答を待った。

「切って、ください」
「……」
「今のままは、嫌なんです」
「承知いたしました」

震える声で言い、震える手でペンを握ってサインをし、震える手で拇印を押す少女を眺め、少年は微笑んだ。

「では、誓約を。今回交わした契約書の内容を貴方は承諾し、受け入れますか」
「えぇ、貴方が縁を切ってくださるのならば、私はこの契約書の内容を受け入れます」

真剣な表情になった少年に、少女も真剣な表情になって頷いた。そしてややあってから軽い何かが弾ける音と共に机の上に現れた一枚の紙に二人は視線を落とした。

「誓約成立ですね」
「えぇ…」

文面にざっと視線を走らせた少年の言葉に少女は半信半疑と言った様子で頷き、少年はその様子に少しだけ首を傾げた。

「誓約を交わしたのは初めてですか?」
「はい」
「そうでしたか。では、記念にこの誓約書は取っておくと良いですよ。この紙自体は妖異局が管理している誓約書の写しなので、別に捨てても破っても何の効力もないですし」
「……はぁ、」

少年は先程机の上に現れた紙を少女の方に差し出し、受け取った少女は不思議そうな表情で紙を受け取って曖昧に頷いた。

「さて、では、先ほど貴方が選んだ縁の糸を切りましょうか」
「お、お願いします」

こつんと一回だけ机を叩いた少年に少女は背筋を伸ばし、少年はその様子がおかしそうに微笑んだ。

「……では、目を閉じていただけますか」
「へ、」
「どのようなことをしているか見てしまったら効力が落ちる、というのは秘術の避けられない所でして」
「は、はいっ」

すまなさそうな表情の少年に少女は慌てたようにきつく目を瞑り、その姿に少年はくすりと小さく笑った。
少女が何が起こるのかときつく目を瞑ったまま身を硬くしているとぐいと自分の中の何かが直接触れられずに引っ張られる感覚がし、ぶつんと何かが切れる音と共に引っ張られた感覚がなくなり、勢い余って少女は目を瞑ったまま机に倒れてしまった。

「すみません。大丈夫でしたか?」
「だ、大丈夫です…」

胸と額を打った少女に少年は心配そうに声を掛け、少女はのろのろと身体を起こしながら答え、少年の目を開けていいですよという声に目を開けた。

「縁が一つ切れたので、しばらくは変な感じがするかもしれませんが、すぐに新しい縁が構成されると思うので、あまり気にしないでくださいね」
「……はぁ、」
「あ、代金はレジで支払ってくださいね」
「え、あ、はい」

机の上に置いてあったベルを鳴らしながら淡々と病院での処置後のようなことを言う少年に少女はぱちぱちと瞬きをし、小さく頷いた。

「お呼びですか」
「お客様を外まで案内してあげて。これ、明細ね」
「承知いたしました。こちらへどうぞ」
「あ、は、はい」

軽いノックの後に入ってきた先程の店員に金額の書かれた紙を少年は渡し、店員は少女に部屋の外へ出るようへ促し、少女は目を瞬かせてから立ち上がった。

「あ、あのっ」
「はい?」
「ありがとうございましたっ」
「……どういたしまして」

部屋を出る直前で足を止め、勢いよく頭を下げた少女に少年は目を瞬かせ、笑みを浮かべて部屋を出て行く少女を見送った。

「礼なんて、久し振りに言われたなぁ…」

一人になった部屋でしみじみと少年は呟き、目を閉じ、しばらくじっとしていたが、聞こえてきたノックに姿勢を正した。

「先程のお客様、帰られましたよ」
「あぁ、うん。ありがと」

戻ってきた店員に少年は軽く微笑み、ぺたりと机に伏した。

「いつも思うのですが、『縁結びの神様』の貴方がどうして『縁切り』ばかりなさってるんですか」
「それはね、そもそも『縁切り』も『縁結び』の過程の一つだからだよ」

店員の言葉にのろのろと少年は顔を上げながら答え、へらりと笑った。

「それにもう『神様』なんかじゃないよ。あの祀られてた祠から出て、帝都の、妖異局のお世話になっている時点で俺の分類は『アヤカシ』だ」
「……」
「この帝都で暮らすために、『チカラ』を制限する誓約を立てたのさ。だから、もう『縁結び』は出来ないんだよね」
「そんな、」

複雑そうな表情を浮かべた店員に少年は笑い、ぐぐぐと伸びをした。

「それも選択さ。あのまま『神様』として朽ちていくんじゃなくて、『アヤカシ』でもいいから長く存在していたかった。だから、俺は祠を出た。帝都に来た」

机に並べられたままの糸で三つ編みを作りながら少年は笑った。

「あの祠に居たことで結ばれていた縁は切れてしまったかもしれないけれど、でも、帝都に来たから新たな縁……たとえば、お前に出会えたし、悪い選択じゃなかったと俺は思うよ。それに、ああやって直接礼を言われるのも悪くないもんだ」

出来上がった三つ編みを黙ったままの店員に投げ渡し、店員を残して軽い足取りで部屋を出て行った。



prev / next

[ back to top ]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -