部誌7 | ナノ


ジェラシー・ゲーム



「ヒロくん、聞いてくれる?」
「断る」
「最近ね、葉月ちゃんとデートしようとすると芽衣に邪魔されるんだよ。どうしてだと思う?」
「人の話、聞かねぇからじゃないのか」

べたりと机に突っ伏した颯希を横目に眺めながら洋斗は本のページを捲った。

「というか、颯希」
「なに…」
「葉月ちゃんも芽衣ちゃんもお前の妹じゃなかったか?」
「そうだけど?」

ふとその事実に気付いた洋斗が颯希に問いかければ、颯希は不思議そうに洋斗を見上げ、首を傾げた。

「お前は妹とデートするのか?」
「ヒロくんはしないの?」
「……三次元の妹とはしないな」
「二次元の妹とはするんだね」
「個人の自由だろ」
「じゃあ、僕が葉月ちゃんとデートしてもいいじゃない。個人の自由だよ」
「……まぁ、そうだな」

本を閉じて颯希の方に向き直った洋斗に颯希はくつくつと笑い、身体を起こして洋斗の方に向き直った。

「で、なんだって?芽衣ちゃんがお前と葉月ちゃんのデートを邪魔するって?」
「そうなんだよ。最初はね、時々葉月ちゃんとデートしようと思ったら『今日は姉さまと約束があるんです』とか『来週は姉さまと約束があるんです』って言われることが多くてね」
「葉月ちゃんって、リアルで姉のことを『姉さま』って呼ぶのか。やばいな」
「本題はそこじゃないからね」
「あぁ、悪い」
「それでね、僕が一人で喫茶店巡りしてたらそこに葉月ちゃんと芽衣がやってきたりしてね…。葉月ちゃんは笑顔で手を振ってくるし、芽衣は勝ち誇った顔でこっち見てわざわざ一番遠い席に案内してもらったりしてさ…。辛い…」
「一人で喫茶店巡りしてるとか、お前、相当だな」
「毎週末のように地下ドルのライブでペンライト振り回してるヒロくんに言われたくない」
「誘ってもお前、断るだろ」
「僕のアイドルは葉月ちゃんだからね!」
「お、おう」
「まぁ、それは良いとして。僕はもっと葉月ちゃんとデートしたいんだけど、どうするべきかな」
「今まで通り毎週末デートに誘えば良いんじゃないか?芽衣ちゃんとのデートが入ってたら次の週に約束入れさせてもらうとか」
「やっぱりそれが一番かな」
「俺は知らん」
「そうだね。相談する相手が間違ってたかもしれない」
「ギャルゲの攻略なら任せろと言いたいが、三次元で通用した試しがない」
「へぇ。でも、参考に聞かせてよ」
「どのキャラの攻略法が知りたいんだ?」
「そうだね。どうせ聞くなら妹系、かな」
「なるほど。葉月ちゃんを攻略したいんだな」
「参考に聞くだけだよ。参考」
「まぁいい。お前の話から推測するに葉月ちゃんは――」

真剣な顔を突き合わせ、所々噛み合わない会話を繰り広げながら二人は昼休みの終わりを告げる鐘が鳴るまで話し込んでいた。





「はぁ…」
「芽衣さん、何か悩み事?」
「悩み事というか……ううん。悩み事、ね」
「私でよければ聞くわよ?」
「ありがとう、碧依さん」

二人分のコーヒーを用意し、机にICレコーダーを机の上に置いた碧依を芽衣はきょとんとした表情で見つめた。

「ねぇ、碧依さん。これはなぁに?」
「ただの機械よ。芽衣さんは気にすることないわ」
「何か数字がカウントされてるわね。ストップウォッチ?」
「まぁ、そんな所よ。で、芽衣さん、悩み事ってなぁに?」

興味津々といった様子の芽衣からさりげなくICレコーダーを離しながら碧依は芽衣に笑いかけた。
笑いかけられた芽衣は少しだけ視線を泳がせてから碧依をじっと見つめ、小さくため息をついた。

「笑わないでちょうだいね?」
「えぇ」
「最近ね、葉月ちゃんとのお出掛けを、颯希君に邪魔されるの」
「颯希君は、芽衣さんの双子のお兄さんね」
「そうよ」
「で、葉月ちゃんは芽衣さんの妹ね」
「そうよ」

じっと俯いてコーヒーを眺める芽衣を眺め、碧依は少しだけ首を傾げた。

「一緒に出掛けるのはダメなの?」
「そんなの嫌よ!出来ることなら、葉月ちゃんを独り占めしたいのに!!」
「……なるほど」

碧依の提案に力強く机を叩いて首を横に振る芽衣に碧依は目を丸くし、芽衣はそんな碧依に気付くと恥ずかしげに座り直した。

「で、具体的に颯希君はどのように芽衣さんを邪魔するの?」
「例えば、葉月ちゃんとお出掛けしたいなって思って誘うでしょ?」
「うん」
「そしたらね、『ごめんなさい。今日は兄さまとお出掛けする約束なんです』って言うの。だからね、『じゃあ、来週は一緒にお出掛けできる?』って聞くと『出来ますよ』って言うから『じゃあ、来週は一緒にお出掛けしましょ』って約束するの」
「それで次の週は一緒に出掛けられるんだね」
「でも問題はその先よ」
「と言うと?」
「あのね、『来週もまた一緒にお出掛けしたいわ』って言うと『ごめんなさい。来週は兄さまとお出掛けする約束なんです』って言うの」
「あぁ、颯希君も予約してるのね」
「だからね、『じゃあ、その次の週は空いてるかしら?』って聞くと『空いてますよ』って言うから、その次の週に一緒にお出掛けする約束するの」
「お出掛けが全然出来ないわけじゃないのね」
「えぇ、そうなの。そうなんだけどね…」

相槌を打ちながら聞いてくれる碧依に、芽衣はいったん言葉を切ってコーヒーを飲むとため息をついた。

「ここ最近、ずっとそんな感じで、颯希君と交互に葉月ちゃんとお出掛けしてる状態なのよ…!」
「それの何か問題なのかしら?」
「今までは、今までは颯希君と葉月ちゃんは一緒にほとんどお出掛けしてなくって、葉月ちゃんは私か、お友達としかお出掛けしてなかったのに…!颯希君が乱入して来てるの!!」
「えぇと、つまり、独り占めする機会が減って寂しいってことかしら?」
「……簡単に言うとそうなるわね」

首を傾げながら簡潔にまとめた碧依に少しだけ拗ねたような表情を浮かべて芽衣は小さく頷く。
その様子に碧依は少しだけ背もたれに寄りかかりながら小さく唸った。

「でも、毎週交互に予約を入れている限り、こう着状態よね」
「そうなんだけど、タイミングをずらすのも難しくて…」
「なるほど…」
「どうすればいいかしら」
「うーん…。現状維持が一番じゃないかしら?」
「やっぱりそう、よね…」

碧依と芽衣はそれぞれ小さく唸り、こくりとコーヒーを飲んで息を吐き出した。

「芽衣さん、愚痴が溜まるならば私がいつでも聞くわ?」
「ありがとう、碧依さん。優しいのね」
「そんなことないわ」

嬉しそうに顔を綻ばせる芽衣に、碧依は少しだけ罪悪感を滲ませながらICレコーダーにちらりと視線を向け、芽衣に微笑みかけた。





「おっはよ、光流。彼女が出来て初めての週末、デートはしたのか?」
「……出来なかった」

光流が自分の席に座るとすぐににやにやと笑いながら近付いてきた梓に、薄暗い表情を浮かべていた光流はがくりと項垂れながら答えた。

「ふーん。彼女、奥手そうだしなぁ…。やっぱりいきなりデートはキツイかぁ…」
「違う」
「ん?」
「そうじゃない」
「じゃあ、なんなんだよ」

ふむふむと物知り顔で言う梓に光流は苦々しげに首を横に振り、光流の前の席に腰かけながら梓は不思議そうに光流を見た。

「デート自体はしてくれるって言ったんだ」
「じゃあ、なんで出来なかったんだよ。ドタキャン?」
「違う。『今週末は姉さまとお出掛けの約束があるんです』って…」
「土日のどっちも?」
「いや、土日の片方はいつも部活の練習なんだと」
「へぇ。あ、でも、だったら来週は約束取り付けたんだよな?な?」
「いや」
「はぁ?そこでヘタレ発動かよ!」
「違う!」

きゃんきゃんと騒ぐ梓をぎろりと睨み、光流は強く拳を握った。

「来週は、と思ったら、『来週は兄さまとお出掛けの約束があるんです』って」
「マジかー…ていうか、『兄さま』『姉さま』呼びとかマジかー…マジでいるんだな。そういう人種。まぁ、でも、あそこ、お嬢様学校だからなぁ…相当いい家柄なんだろうなぁ…マジでお前、よく付き合えたよな」
「ははは…」

項垂れる光流の肩を叩きながら感心する梓に光流は乾いた笑いを漏らし、梓は面白い物を見つめるような表情で光流を眺めた。

「あ、んじゃ、その次の週のデートは予約できたのか?」
「一応な…」
「なら良かったじゃないか」
「でも、彼女のお兄さんとお姉さんが分厚い壁となって、この先も阻まれそうな予感しかしない…」
「まぁ、それは頑張れよな。ようやく思い伝えたんだからさ」
「あぁ…頑張る…」

既に疲れ切った表情を浮かべている光流に梓は励ますように肩を叩き、ポケットに入っていた飴を差し出した。

「でも、相手がお兄さんとお姉さんじゃあ、勝ち目薄いなぁ」
「うるせぇ」
「好感度のアドバンテージがなぁ…」
「……」
「ジェラシー感じちゃうな」
「言い方がじじくせぇ」
「さよか……ま、俺は応援してるからな」
「どーも」

予鈴の音に自分の席に戻って行った梓の後姿を眺め、渡された飴をポケットにしまって光流は背もたれに寄りかかってため息をついた。





「はーづーきーちゃーん、かーえりーましょー!」
「未来、ごめん。まだやること残ってるから先帰ってくれる?」
「帰らないよー。未来は葉月ちゃんと帰る為に大人しく待ってまーす。もしくはお手伝いしまーす」

ぱたぱたと足音を響かせて廊下を走ってきた未来は、軽やかに葉月の前の席に陣取るとにぱっと笑った。

「ありがとう、未来」
「んふっふー。未来は葉月ちゃんに褒められることが好きですからねー」

にこりと笑いかける葉月に未来は嬉しそうに顔を綻ばせ、葉月はそんな未来の頭を軽く撫でた。

「なんかお手伝いすることある?」
「じゃあ、これ、手伝ってくれる?」
「いいよー。……あ、これ、今度の学年旅行のしおりだー」
「うん。先生に頼まれてね」
「相変わらず葉月ちゃんは優等生ですなぁ。未来は友達として、鼻が高いですぞー」
「言うほどじゃないわよ」
「葉月ちゃんは計算高いですものなぁ」
「ふふふ」

ぱらぱらとページを確認してから、ぱちんぱちんとホチキスで綴じていく葉月の手元を眺め、同じようにぱらぱらとページを確認して葉月に手渡す作業を未来は始めた。

「計算高いと言えば葉月ちゃん」
「なぁに?」
「例の三つ巴はいかがですかなー?」
「あぁ、それね。なかなか面白いかなぁ」

未来の言葉に葉月は悪戯っぽく笑い、少しだけ首を傾げた。

「そろそろ彼が音を上げるかなぁと思ったんだけど、そうでもなさそうなのよね」
「ふむふむ」
「だってね、『俺は三番目でもいいから』とか言っててね。うふふ。なかなか予想外よ」
「楽しそうですなぁ」
「えぇ、とっても楽しいわ」

楽しそうに笑う葉月を見つめ、釣られるように未来も楽しそうに笑った。

「最初は兄さんと姉さんの反応が楽しくって始めたんだけど、途中で彼が入ってきたでしょ?だから、兄さんと姉さんも最初ビックリしたみたい」
「颯希さんも芽衣さんも、葉月ちゃんが誰かとお付き合いするとは思ってなさそうですものなぁ」
「そうね。だから、二人とも最初はどうするべきか悩んだみたいでね。彼に譲ろうかな、って思ったこともあるみたい」
「ほうほう。あのお二人が」
「面白いでしょ」

ぱちん、ぱちんとホッチキスで綴じる音が教室に響く。

「でも、二人とも、私のことが好きだから」
「そうですなぁ」
「一番最初に始めようと決めた時の兄さんと姉さんの反応、ほんっとに最高だったわぁ…」
「あれでしょう?どっちかとお出掛けした時に、どっちかと遭遇するようにわざと行動してたんでしょう?葉月ちゃんもワルですなぁ」
「だって、興味があったんだもの。二人がどういう反応するか」
「愛されてる自信があるからこそ出来るんですなぁ」
「当然よ。兄さんも姉さんも、私のこと、大好きだもの」

綴じ終わったしおりで口元を隠して葉月は笑い、それを見つめて未来は目を細めた。
綺麗に綴じ終わったしおりを数え、小さく頷いてから葉月は我慢できないと言った様子でくすくすと笑い始めた。

「ほんっと、楽しいの。どっちが嫉妬で我慢できなくなるのかなって思ったけど、まだこう着状態なの。彼が入ってきて、それでもどうもならないの。まだ、何も起きないの」
「おやおや、それは何かたくらんでる顔ですな」
「あらやだ。未来、そんなこと言って。人聞きが悪いわ」
「未来に出来ることなら、お手伝いしますぞー」
「その言葉、期待してたわ」
「んっふっふー」

にこりと綺麗に微笑んだ葉月に、未来は蕩けるような表情を向けた。

「始めましょうか、未来。新しいゲームを。新しい展開を。新しい楽しみを」
「仰せのままに、葉月サマ」

立ち上がって手を差し伸べた葉月の手を取り、未来はその手の甲に軽く口付け、まるで始まりを告げるかのように時計塔の鐘が鳴り始めた。



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