部誌6 | ナノ


傷痕



煙の上がる瓦礫の中を、青い制服が駆け抜けていく。焦げ臭いそれが、建物だけを焼いたものだけでない。それを思いながら、善条は舌打ちをした。
こちら側にもかなり、被害が出た。一般人の人質を優先するという選択が、正しかったのか。結果だけを見れば、悪戯に被害を拡大させただけかもしれない。それは、後付の結果論にすぎない。あの時にはあの判断が最善だった。そんなことは善条にもわかっていた。
「救護班、こっちだ!」
叫び声が切羽詰まっているのは重傷者が居るからだ。残党に警戒する必要がない、と判断した善条は、隣に膝を付いている少年を見た。
中学生頃の年頃に見える彼は、実年齢は善条よりも年上だという。はじめは信じられなかったそれも、彼と共に任務をこなすうちに疑いは消えていった。
それだけの判断力や、強さが彼にはあった。その、やせ我慢を得意とする少しばかり見栄を多めに張る彼が膝を付いている。
「どこをやられた」
彼の手当のために、腰に付けている救急キットを手元に出す。それをチラリと見ながら、彼は溜息と共に悪い、と言って、肩を押さえていた手をどけた。
じわりと滲みだす血に、傷が浅くないことを悟りながら、善条は服を脱げるか、と聞いた。彼は頷いて、青いジャケットを脱ぐ。シャツをどうにかしようとして手をかけたのを押しとどめて、善条は血で染まったシャツを引き裂いた。
露わになった傷を見て、善条は顔を顰める。
「……止血を頼む」
「ああ、」
彼に言われて、慌ててキットの中からガーゼをとりだして、傷に当てる。押さえやすいように残っていた、シャツを裂いて、善条はハッと息をのんだ。
その善条の反応を見ながら、彼はふっと笑った。
「……ここに来る前の傷だ」
彼の背中の各所にあったのは、様々な形をした古傷だった。中には、銃創だとはっきりわかるもののもある。
「何時になっても、傷でも負わなければ何も守れない」
自嘲気味に言った彼の言葉に、善条はなんと返せばいいのかわからなかった。彼は、確かに、自分の身を犠牲にするような戦い方をする。その結果がこれだと、善条にはわかっていた。それは、自分の生き方とは違うものだった。
「……わからなくていいさ」
善条の心を見透かしたように、彼はそう言って笑った。
「悔いの残る傷痕だってある。それでも、それも、俺の一部だ」
「……一部、か」
止血のために、包帯をきつく巻きながら、善条は呟いた。



あれから、何年がたったろうか。じっとりとした汗が肌の上を流れていく。喉の乾きに、短い声を出そうとして、諦めた。少しだけ身体を寄せると、格段に過ごしよくなる。畳とは、そういう性質の素材だった。転寝をしていた。あの頃なら、こんな怠惰な過ごし方をすることはなかっただろう。
ふっと掲げようとした腕が無いことを思い出して、善条は溜息を吐いた。
タンクトップを着ていると、無くなった腕の手術痕が嫌でも目に入る。
あれから、彼のように、傷痕が増えた。
その傷痕を、善条は自分の一部だと、言い切れるだろうか。
そんなことを思いながら、もう一度目をとじる。
暑いから、こんな夢を見たのだ。はやく、夏など終わってしまえばいいと、善条は思った。




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