部誌6 | ナノ


【フラジヰル】



たぶんね。僕も、君も、気付いてたから言わなかったんだ。
ずっと一緒に居ようなんて、薄ら寒いなんていうのは方便だったんだ。
だって、すぐにだっていなくなってもいいように、貴重品とか契約書の書類はふたりとも家に置いてなかった。
お気に入りのカウチソファと、お気に入りの観葉植物と、お気に入りのグラスを並べて『ねぇ、大事なものだから大切に使ってよね』なんて言って、本当は全部どうでもいいものだったんだ。

『クライマックスは一緒に見たいよね』
多分、二人のお気に入りの連続ドラマの話だったと思う。同じ機械の同じ録画をふたりともバラバラの時間に見て、そして、感想を交わしていた。
バラバラでも、二人で感想を交わしあえば一緒に見た気分になって、それで良かった。でも、なんだか淋しい気分になったんだ。
最後くらい、一緒に見るのも悪くないかなっていう軽い気持ちで僕は言った。君は、そうだなぁ、なんて、悪くないな、と笑った。

一緒に見たドラマは悪くなかった。いつもいつも一人で観てたドラマの二倍も三倍も楽しめて、隣で僕に隠れて涙を拭う君に、僕は笑って、「続きは映画で」なんていう予告に二人して呆然として、次は映画かぁ、なんて二人してひっくり返って笑った。

悪くなかったなんていうのは、嘘だ。
本当は、とても楽しかった。
こんなに楽しいなんて、気づかなければ良かった。

「ああ、ダメかぁ」
ヘラヘラ笑いながら割れた仮面を遥か下の路地へ投げ捨てた。仮面としての役割をなくしたそれが印象的な音を立てて敷石の上に落ちて、そして粉々に割れた。
改めてみれば気になる手にへばりついた血を、パリパリと擦って落とす。勿論、自分のものではない。なまえは、通り魔だった。復興に沸くシュテルンビルトの街で突如暗躍をはじめた殺人鬼。型としているのが、大昔ロンドンで活躍したと言われるジャック・ザ・リッパー。
なまえが使うのは刃物ではなく、刃物のように鋭い空気圧の刃。つまり、NEXT。
仮面を割った男は、眉根を寄せてなまえを睨みつけた。
「いつから気付いてたの、ライアン?」
そこに立っているのは、ゴールデン・ライアンではない。ライアン・ゴールドスミスだった。HEROTVは、さっき、仮面の男、ジャック・ザ・リッパーの逃亡で幕を閉じた。まんまと逃げおおせたなまえの目の前に現れたライアンはゴールデンライアンの衣装を着ていない。そう言えば、今日はライアンは居なかったか、と、そう思いながら自分があまりに逃亡に夢中だったことに気づく。
「……気付かねぇと、思ったのかよ」
「ライアンは、俺のNEXT知ってたんだったっけ。じゃあ、はじめから、気付いてたんだ」
ライアンは、答えない。
「あの、映画。あの映画のはじめの公演に、行った女を狙ったの、わかった?」
表情一つ変えないライアンになまえは溜息を吐きながら、ぐしゃぐしゃ、と後ろに撫で付けた髪の毛を掻き回した。
「……あーあ、知ってただろ、俺と、お前は価値観が180度違うって、お前が言ったんじゃん……、なんだよ、わかんないし、」
本当に、分からない。なまえは、はじめから、ライアンに合うまえから、殺人鬼だった。今みたいに派手に足跡を残したりはしないにしろ、1年に一度は人を殺す、殺人鬼だった。
そういう部分を嗅ぎ分けて、ライアンはなまえに「価値観が違う」といったのだと思っていた。そして、それを、なまえは許容だと、思っていた。
分からないというなまえに、たった一言。
「……好きだったんだよ」
ライアン言った。



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