部誌6 | ナノ


月が見えない



空に浮かぶ月は手を伸ばしたところで届かない。分かってはいるけれど、それでもいつかはと何度も伸ばしては絶望する。
そして今日も、見えない月を求めて止まない。



「また一時間半かよ!!もういいよ鳴狐は一人で十分だあああああああああああああ!!」

もう数え切れないほど見て来た数字が出て来た瞬間、その場で泣き崩れた。泣くなんて可愛いものじゃない、慟哭といっていいほどの

「それ鳴狐が可哀想だろ、ほらあそこでしょぼんとしてる」
「分かってる!ごめんな鳴狐えええええでもジジイが欲しいよおおおおおおおお!!ジジイ来いよおおおおおおおお」

みっともないと分かってるし、鳴狐にも申し訳ないと思ってはいるけれど自分の気持ちを吐き出させてくれ。痛いなんて気にしてられないくらいに何度も拳で床を叩く。ええ八つ当たりです分かってます。だけどジジイレシピに踊らされてると理解してても回してこの結果よ。


「大将、だからレシピに踊らされるなってあれほどいったらだろ?そんなに床叩いたら手痛めちまうぞ」
「薬研、でもジジイが……ジジイが……」
「何度もいったはずだぜ大将、三日月宗近は国宝級の珍しい刀なんだからすぐにぽっと出ないって」

そのうち出るから気長に待とうぜ、と背中をぽんぽんと軽く叩いて慰めてくれる薬研の優しさに涙がさらに流れる。

「ううっ、いつもごめんなっ……せっかく集めてくれた資源をこうやって使っちまって」
「よせよ、それはいわない約束だろ」

もう何度目か分からないやりとりに遠くから刀剣たちの呆れが含んだ視線を送られているがもう慣れた。これぐらいでへこたれない。
けれど、いつも自分に甘い薬研もさすがに呆れたかもと恐る恐る顔色を窺う。

「薬研その……」
「大将、そんなびくつくなって。あんたは俺達の大将なんだから堂々としてろ」
「でも」
「あんたが散財した分は俺達がまた集めて来てやるさ」
「や、薬研っ……!」

呆れを一切見せず、口許を片方上げてニッと笑う薬研は男前以外の何物でもなかった。惚れて舞うやろ。不覚にも女みたいにときめいていると薬研の笑みがさらに深くなる。

「でもさすがに刀装に回す資材は残しといてくれな?」
「……気をつけます」
「よろしい」

まるで子供に言い聞かせるような物言いで頭をぽんと叩く。自分よりもずっと幼い見た目の少年に子供扱いされてさすがに情けなくなる。幸い全部を使う前に止めてくれたからよかったが、もしかしたらそれを狙って声をかけたのかもしれない。とことん薬研にはお見通しのようだった。

そんなわけで今日もおじいちゃんが来ません。




「あんたもいじらしいことするじゃないか」

宵も深まる刻、何気なく空を眺めていたら誰かに声をかけられる。空から視線を外すと、化粧を落とした次郎太刀が立っていた。

「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ、ああいってたけど本当は三日月なんて来てほしくないくせに」

象徴ともいえる酒が入った壺を持って自分の隣に座った。次郎太刀の言葉に昼間の大将とのやりとりのことをいっているのだと察する。

「加州みたいに『自分がいるから三日月なんて必要ない!』なーんていっちまったらいいのに」
「……いえるわけないだろ」

次郎太刀から視線を逸らし、片膝を立てて額を押しつける。

「あんなに必死になって探してるんだ、応援もしたくなるさ」
「でもあんまりいい気持ではないはずだろう?」
「おいおい、一体何がいいたいんだ?」

ちらりと目配せすると次郎太刀は何やら含み笑いを浮かべてこちらを見ている。素直じゃないね、なんていいながら持っていた酒瓶の蓋をとった。

「そのまんまの意味だよ、あんたがいえばさすがのあの人も少しは控えると思うんだけどね〜」
「……馬鹿いうなって」

それができたら苦労しない、と本音を零しつつ再び空を見上げた。
今夜の月は三日月だった。大将が求めて止まない三日月に少しだけ眉を寄せる。
別に三日月が嫌いというわけではない。ただ大将のあの求め具合を見てしまうと少し複雑な心境になってしまう。次郎太刀のいうようなことを口にしたら、きっと大将は困った笑顔を浮かべて肯くのが目に見えていたからだ。加州がいってもそうはいかない、と少しだけ自信がある辺り自分も大概かもしれない。
いっそ早く出てくれたら楽になれるんだけどな、なんて思いながら手を翳す。まるで微笑んでいるかのように弧を描く三日月。指の隙間から覗く月を隠すようにそっと閉じた。




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