そんなお前が、
「別れよう」
告げた一言に、俺の恋人は目を見開いた。
驚愕というには今ひとつ足りないその表情に、俺は苦く笑った。
同性同士である俺、みょうじなまえと月島蛍が何故付き合うようになったのか、当事者である俺にもわからなかった。
中学の頃から連んでいて、なんとなくそばにいるようになった。月島の金魚の糞みたいな山口もいたけど、どちらかというと月島は俺といる時間の方が多かった気がする。部活以外の時間は大概俺と一緒で、たまに山口も一緒にいた。
多分、俺の方が静かだからだろうなあ、と思う。お互い一緒にいても好きなことをしていて、沈黙が苦じゃない。一緒にいる意味があるのかどうか、俺だって疑問だったけど、月島のそばは心地よかった。
中学三年生になって、月島は部活を引退してからは、適当に教室で勉強したり、本を読んだり、お互い好きなことをしていた冬。
その日、山口は確か、家の用事で先に帰ったんだった。俺たち以外誰もいない放課後。
一つの机で向かい合い、2人でわからないことを教えあっていた。ふと顔を上げればすぐ近くに月島の顔があって、引き寄せられるように、月島とキスをしていた。
俺も月島も、驚いた顔をしていた。だけど何故かしっくりきて、もう一度キスをした。
2人の関係に名前をつけることもせず、だらだらと惰性の関係を続けていた。
「俺たちって、何なんだろうな」
何度目かのキスのあと、呟いた俺に、月島は嫌みったらしい笑みを浮かべて言った。
「さあ?」
不協和音が生まれたのは、この時だったと思う。明確な答えを、俺だって出した訳じゃない。だけど嘲笑のようなあの笑みに、俺の中の何かが壊れたことは確かだった。
月島のそばは心地よかった。だけど同じくらい、息苦しくなった。
「俺らって付き合ってんの?」
「そうなんじゃない」
素っ気ない回答は月島らしかった。こちらを見もしないその様子は、月島にとってどうでもいいことなんだろうと思わせた。
一緒に烏野に入学して、月島はバレー部に入って、俺は美術部に入った。烏野では美術部は帰宅部と似たようなもんで、俺には気楽だった。
クラスも違って、段々、月島と疎遠になった。そういう風に、仕向けていた。月島との曖昧すぎる関係は、俺を無駄に疲弊させた。
そもそもが、不毛な関係なのだ。
どうせいつか、終わりがくる。それが、今だっただけの話なのだ。
「ねえ」
「何? 今ちょっと忙しいんだけど」
俺から声を掛けなくなれば、接点なんかすぐになくなる。バレー部は忙しいみたいだし、ちょうどよかった。
帰宅部みたいな美術部だったが、忙しい理由を作りたくて、よくわからない油絵に挑戦した。印象画として描いたその絵は、俺の心を示すようにどす黒い絵だった。
何度か月島の呼びかけを流して、月島は苛立ちを押さえきれないようだった。今まで、俺に積極的に接してこなかったくせに。月島と同じような態度をとる俺に苛立つ月島に、それこそ嘲笑しか浮かばなかった。
そうして、呼びかけを流そうとして苛立った月島に引っ張られて、今だ。
別れを告げた俺に、わずかに目を見開いただけの月島。そういえばそうか。付き合ってすら、いなかったのか。月島、お前の中では。
そう思うと笑いが止まらなかった。ああ、馬鹿らしい。なんて間抜けなんだ、俺は。
喉の奥で笑いながら、月島を見れば、棒のように立ち尽くしていた。けれど取り乱す様子なんか更々ない。その様を他人ごとのように眺めながら、思う。
俺は、そんなお前が――――。
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