部誌5 | ナノ

落日



日が落ちるのが早いと感じるようになったのはいつだったか。
窓一つしかない部屋から西日が差し込み、その一筋の光は向かいに座る相手を照らした。
この場所で何度も口にした台詞を相手にいう。

「罪深き迷える者よ、心行くまで己の罪を告白しなさい」

陽泉高校は県内でも有名なミッション系の高校だ。そのため週に何度か赴き、敷地内に建てられた教会でミサを行っている。その中で週に二回、時間を決めてこの告解室で学生たちの告解を聞いていた。告解を聞くといっても結局はカウンセラーに近く、訪れる学生の殆どは自身の悩みを着てほしいだけだ。中には告解と称して恋愛相談してくる女子生徒もいる。別に自分が聞くものじゃないだろ、と呆れながらも適当に答えている。
そして今日も迷える子羊が訪れた。今日の格子型の壁一枚隔てられた先に男子学生が座っている。彼に告げると体を震わせてゆっくりと顔を上げた。
やけに美しく整った顔立ちはよくいえば落ち着きがあり、悪くいえば幸薄そうな印象を受けた。どこか憂いを帯びた目の下にある泣き黒子が色気を醸し出す。高校生とは思えないその風合いに一瞬心臓が脈を打った。

(なるほど、彼が例の『ヒムロ君』か)

以前何人かの女子生徒からの告解と称した恋愛相談を受けた際に、彼女たちから出た名前を思い出す。あんまり数が多いから名前を覚えてしまった。ついでに容姿も詳しく話してくれたもんだからすぐに一致できた。
女子生徒から人気のあるヒムロ君は今まで会ってきたどの学生たちにはない思い詰めた表情をしている。告解ではない、本当に懺悔をしに来たというのを雰囲気で伝わった。一体彼はどんな懺悔をするのか。失礼と分かっていながらも半ば好奇心がで彼が話しをするのを待つ。
だが、彼は一度口を開いてはまた口を閉じるを繰り返すばかり。いうべきか悩む彼に「誰にもいわないから安心していいなさい」と告げた。その言葉が後押しとなったのか口を結んでいた唇がゆっくりと開いた。

「好きな人がいます」

見た目に反してハスキーな声で彼は話し出した。なんだ、恋愛相談かと落胆しかけたが今の表情を考えればそこらの女子のような軽いものではないだろう。ならば、と予想を立てたところで彼が続ける。

「俺と同じ、男なんです」

やはりか、と口には出さずに心中で呟く。恋愛対象が同性で悩む学生はこれまで何人も見てきた。この年頃からすれば周囲と違う自身に大きく悩んでしまう。彼もまたその一人なのだろう。一度口にしてしまえば楽になったヒムロ君はそのまま一気に話し出した。

「相手は俺のルームメイトで、今年の秋に転校してきた俺に真っ先に話しかけてくれた人でした。最初は好みではなかったんです、だけど彼と生活を共にしていくうちに好みどうこうなど関係なくなるほど好きになっていく自分がいました。
好きになってはいけないと頭では分かっていたんです、相手はノンケーーー異性愛者だから好きになったところで報われないことぐらい。ましてやそれが生活を共にする友人、この関係を壊したくはありません。だけど、一緒にいる時間が増えれば増えるほど……彼に抱かれたいと思う浅はかな自分がどんどん大きくなってしまうんです。
自身を友人と思って慕ってくれる彼を頭の中で汚したことなんて数え切れません。夜に寝ている彼の横で一人慰めたことも、もう数えるのもやめました。
きっと高校を卒業するまで、彼を汚すのをやめられません。この先あいつを裏切った事実は変わりません。神父様、どうか……どうかあいつを裏切り続ける罪深い俺をお許しください」

夕日に染まったヒムロ君の頬に涙が伝う。頬に沿うように美しい曲線を作って落ちた涙が、とても美しかった。これは女子生徒が騒ぐのも無理はないと思いながらも、彼を恋い焦がれながらも報われない女子生徒たちに少し同情した。
と、手を組んだまま許しを待つ彼を放って考え込んでしまった。律儀に待ち続けるヒムロ君に申し訳なく思い、一度咳払いをしてから彼に声をかける。

「よくぞ話してくれましたね、ですがそれは罪ではありません」
「えっ……?」
「同性であろうと異性であろうと人を好きになることが悪いことだと決めつけてしまえば世界は罪人で溢れてしまいますからね」
「神父様……」

宗教上では罪とされてはいるものの、今ここで指摘するのは追い打ちをかけるだけだ。結局ここは告解室という名のカウンセラールームなのだから。なんて聖職者らしからぬ発言がよかったのかヒムロ君はクスリと笑った。ここに来て、初めて見せた笑みに安堵すると同時にむくむくと一つの欲が芽生える。

「ところで、一つ質問なのですが」
「なんですか?」
「貴方は、一体どんなことを考えて一人で慰めていたのですか」
「なっ」

ちょっとした出来心だった。聖職者らしからぬ発言だと自覚もしている。否、元々聖職者という身分であったが俗世から離れたわけではない。こんな美しい男が一体同室の男にどう欲情しておかずーーー慰めるのか気になってしまった。セクハラといえる発言は彼を不快に与えるだろう、怒られる覚悟で尋ねてみたが予想外にも彼は頬を赤く染めて視線を外した。さっきまであんな話をしておいて初心な反応だとちょっと驚く。

「そんなことも懺悔しないといけないんですかっ」
「ええ、すべてを吐き出してしまえば貴方も楽になりますよ」

実際は半分は好奇心、もう半分は困らせたいだけなのだがそうと思わせないようにけろっと嘘をいう。実はというと初めて彼を見てからその思い詰めた表情にそそられていたのだ。もっとその顔が見たい欲求を隠すことができなかったのはまだまだ自分の修行不足ともいえる。
戸惑うヒムロ君に最後の後押しをしてやる。

「ここは罪を告白する場所、自身が罪と思うものはすべて吐き出すことでその罪は許されます」

だから自分に素直になってもかまわないのだ、と伝えれば彼の戸惑いの色は安堵へと変わる。全てを許される、という言葉がどれだけ効力があるのかを自分も知っている。それが同性に対しての性欲を含まれた恋情への罪悪感があればなおさらであった。

「……部活中の、バスケをしたときのあいつを見るたびに流れる汗を舐めてみたいと思っていたんです」

日が傾き、暗くなり始めた告解室。あと数十分もすれば、完全な暗闇の中に沈むだろう。
厳粛な神の下で行われる場所にふさわしくとはいえない内容をまるで暗示にでもかかったかのように彼はすらすらと言葉にしていく。
思い人を汚す妄想を口にするたびに彼の表情はどんどん恍惚へと変化していった。男子高校生とは思えないコワク的な表情にゴクリと生唾を飲み込む。
まさかここまで簡単に話し出すとは思いもしなかった、けれどそれだけ彼も欲求不満だったのだろう。時間を見ればあと30分で部屋を閉めなければならない。その間、少しは楽しめるだろう。

(これだからこの仕事は辞められない)

ヒムロ君から見えないのをいいことに、口元が楽しげに歪んだのが自分でもわかった。




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