部誌5 | ナノ

落日



透明の半球体の中には魔法が詰められている。それは、その中を覗く人に美しい景色を見せるオブジェのようなものだった。
目を凝らせば凝らすほどに見るものが見たいと思う景色を見せ、ある時には雪を降らせ、ある時には雷まで落ちてくるようなものが、最近にはある。
元は記憶媒体として使われていたその技術を芸術といえるまでに昇華したのは魔法使いたちの穴ぐらから流れてきた変わり者の魔法使いだった。
本来、魔法使いは契約で縛られていて他の者たちにみだりに魔法を教えてはならない規約になっていたが、彼は、監視の目を掻い潜り掻い潜り、或いは、密約を交わし、幾つかの弟子たちに秘伝としてその技術を継承した。
メディの生まれた街には寒い以外なんの取り柄もない街だったが、その技術によってちょっと栄えることになった。
栄えるなどと言っても本当に栄えているのは、流れものの魔法使いの弟子のその技術を受け継いだ血脈たちだけだったが、その稀有な芸術品を買いにくる観光客たちの落としていく金やなにやらで、その他の者もその恩寵を受けていた。
ドームと呼ばれるそれは結構貴重なもので、ドームに使われる小さな部品を作る工場に務めていると言うだけのメディなんかが持てるようなものでは元来ないのだが、メディは一つだけそれを所有していた。
ドームの見せる景色にそっくりの上辺だけが美しい石畳を歩きながら、メディは古びた、しかし非常に優美な装飾の施されたドアを開ける。外から見えるガラス窓には、ありとあらゆる趣向を凝らされた美しいドームが飾られていた。
カランっと澄んだベルの音がして、店の奥の木で出来た背もたれの無い椅子に腰掛けていた男がコチラに視線をやって軽く手を上げて挨拶をした。
「何かわかったか」
メディが尋ねると男は、曖昧に首を振った。男はメディに向かって一つ、店内に飾られているドームよりも数段簡素なそれを差し出した。
窓から差し込む夕暮れ時の光を受けてきらりと光るその球体もまた、夕暮れ時の色をしている。最新のドームでは時間によって違う時間帯を見せて空に星空を浮かべたりするものなのだが、そのドームは常に夕暮れ時の色をしていた。のぞけば、宵の明星がきらりと光る。普通ドームは取り留めのない街並が見えて刻々と移り変わったりするものだが、そのドームの中は決って同じ風景が見えた。二人の男女が手を取り合っている。それだけだ。多分もう少しよく見たいとメディが願えば、きっとふたりの顔をよく見ることができるはずだったが、メディにはそうしなくてもその二人が誰だかよくわかっていた。
一人は、メディの2つ違いの兄。そしてもう一人は兄の失踪した恋人で、このドームは彼女からメディが受け取ったものだった。
失踪する前日にメディにこのドームを手渡した彼女との遣り取りを、メディはよく覚えている。

「これを、なんで俺に渡すんだよ」
ただでさえ仏頂面と言われる顔を更に固めて、二人が愛を見せつけ合うような置物をメディは拒絶した。それに、いかにも無垢に取れそうな柔らかい笑みを浮かべて彼女が言った。
「勿論、貴方だからに決まっているわ」
「当て付けか?」
「あら、貴方に当てつける必要なんてないのよ。だって私は女で、あの人の恋人で、貴方とは違うんですもの」
なら、新手の嫌がらせか、と言おうとして、メディはそうなのだろうと思いながら口を噤んだ。
「いずれわかるわ。いずれ、ね」

そう言って、その次の日、彼女は跡形もなくこの街から消えてしまった。
そして、兄は彼女を探して旅に出た。

「これは、素人が作ったんだろうね。工房の刻印も、癖もない」
そう言いながら眼窩にはめ込んだグラスを外した男は溜息を吐いた。
「……素人にしては、かなり良く出来ている。こんな模造品は本来、あり得ない……、し、……ここに、見たこともない仕掛けがあるんだ」
そう言いながら男はドームをひっくり返して、何かの操作をしてみせた。
すると簡素で野暮ったい基礎の部分から、何か基盤のようなものが迫り出す。
「……なあ、これ、どこで手に入れた」
気難しい顔の古馴染みに、拾ったんだ、と言いながら、こんな仕掛けがあるなんて知らなかった、とメディはその基盤を覗いた。何かの、文字が打ち込めるようになってる。それを見ながら、メディはなんとなく打ち込むべき文字を察した。
手許を覗き込む友人に構わずに、メディはその中に、文字列を打ち込んで、それからそれを、古びた木製のカウンターの上に置いた。
「………、」
覗き込んでいた友人がぎょっとして息を呑む。それもそのはずで、ずっと夕暮れだったドームが突然暗くなったのだ。
星の瞬くドームの中で男と別れた女が走る。見たことのない街の風景になって、そして、そこで女は知らない男と婚礼を上げる。
婚礼が終わる前にメディはそのドームを机から叩き落とした。
「……な、何してんだ!?」
「悪い、忘れてくれ」
そう言いながらメディはひび割れて魔法の切れてしまったドームを拾う。
もの言いたげな友人に背を向けて、邪魔した、と言いながらメディは手土産の酒をドームの乗せてあったカウンターの上に置いた。夕陽が陰っていく。
なんて、つまらない結末だろうか、とメディは呟いた。




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