雪
頬に冷たさを感じた。一瞬勘違いかと思ったが、何度も頬に当たるからもしやと空を見上げる。空から白い粒が降ってきた。雪だ。どうりで寒いはずだと自覚をしたらさらに寒さが増した気がした。身を縮こませながらコートの襟を立てて足を進める。
雪は地面に落ちてもすぐに溶けてしまう。この様子では降り積もることないだろう。安堵と同時に、少し残念に思えた。
目的の場所に着いた頃には手が冷気によって冷たく悴んでしまっていた。感覚が麻痺した指先でインターホンを押す。中からこちらにやってくる音に耳を傾けながら、両手で何度も擦り合わせた。
インターホンを押してから時間もかからずに扉が開く。顔を出した顕彦に向けて「よう」と手を挙げて挨拶をした。
「遅かったな」
「……悪い」
言い訳も考えず素直に謝る。すると、顕彦も予想していたようで怒る様子も無く中に入れてくれた。部屋は暖房が入っていてとても暖かい。ずっと寒い外にいたせいか手や耳が一気に熱くなっていく。痒みを覚えてつい爪を立ててかこうとしたら顕彦の手が伸びてきた。
「鼻真っ赤」
口元に笑みを浮かべて鼻を摘む。いきなり鼻を摘まれて変な声を上げてしまうと顕彦はさらに笑みを深くする。顕彦の指から熱が伝わっていくのを感じた。鼻を摘まれたまま雪が降っていたのをいうと少し驚いた様子を見せた。
「降っていたのか」
「今さっきな」
いったと同時に盛大にくしゃみをしてしまう。激しい温度差の変化に体がついていけず垂れてくる鼻水を啜った。自分の状態を見て顕彦の手が自分の頬に触れる。
「冷たいな、先に風呂に入るか?」
「ん、入れるなら」
「分かった」
いま風呂沸かせてくる。そういって顕彦は浴室へと向かう。その後ろ姿を追いながら着ていたコートを脱ぐ。ハンガーにかけてから浴室にいる顕彦に声をかけた。
「なあ」
「なんだ」
「一緒に入るか?」
何気なく口にしてみた。もちろん、誘いも込めて。ちょっとした期待があったが浴室からは返事がなかった。これは断られるかと残念に思ったところで顕彦が戻ってくる。下を向いていてどんな顔をしているか分からない。
「顕彦?」
「……もう入った」
「えっ?」
「から早く入ってこい」
コーヒー淹れてくる。そういって顕彦は呼び止める間もなく早足で台所へと行ってしまう。一人残されてしまいながらも、顕彦のいった意味を理解して口角が上がっていく。
「じゃあ入ってくる」
「ああ」
「入りたくなったら遠慮なくきていいからな」
それだけ言い残して顕彦が何かいってくる前にさっさと浴室へと向かった。もう雪で冷えた体はとっくに温かくなっていた。
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