部誌5 | ナノ

箱庭に降る夢



気づけば、灰色がかった白い場所で佇んでいた。
白い雪のようなものが空から降りそそいでいる。手に触れれば、冷たさを感じる前に溶けて消えてしまった。雪のようなものではあるが、雪とは思えないのは、寒さを感じないからだ。
見渡す限り白ばかりの空間は、果てさえ見えない。不思議ばかりの世界とはいえ、雪もないくせに白ばかりの場所は少ないだろう。まあ毎度のことかと、首を竦める。

「また来たのか」

声をかけられて振り返る。聞き覚えのある声だ。懐かしい声だ。聞きたくて、たまらなかった声だ。

「エース」

「よう。久しぶりだなあ、なまえ」

ニカリと笑う姿は記憶に残るエースそのもので、笑顔を返したくて、でも涙が滲んでしまって、変な顔になってしまったに違いない。

「ぶっさいく」

なまえの顔を見たエースが吹き出しながら、なまえの頭を乱雑に撫でた。ぐちゃぐちゃになる髪の毛に構わず、なまえはもう一度、名前を呼んだ。

「エース」

あえて、うれしい。
囁くような呟きに、エースは苦笑したようだった。ばか、と返されて、なまえはまた泣きそうになった。



マリンフォードでの頂上決戦のあと。
悲しみのあまり、衰弱したなまえは、死さえ厭わなかった。死ねば、エースと同じ場所にいける。死後の世界なんてあるのかはわからないが、もしあるのなら、会いに行きたいと思った。
見知らぬ世界で、エースだけがなまえの支えだった。生まれ育った世界から切り離され、右も左もわからないなまえを拾い、庇護し、ともに過ごしてくれたのがエースだ。拾われたあの瞬間から、なまえにとってエースは神に等しく、世界そのものと言えた。

世界の終わりは、なまえの終わりだ。
自殺をはかる度、なまえの自由度は減っていった。家族となった白ひげ海賊団のものたちによってなまえはいつしか拘束されるほどになった。不死鳥のマルコの怒り具合は言葉にできないほどだったが、なまえは恐れを抱くことはなかった。怒りのままに殺して欲しいとさえ思った。

なまえと周囲との接点はエースだった。エースのために生けていたといっても過言ではなかった。接点を無くし、最上を亡くしたが故に、死を願うばかりになった。
食欲すらなくし、飢えることによって死を選ぼうとも、マルコを筆頭にした仲間たちが許さなかった。身動きもとれず、舌を噛まないように口に詰め物をされ、点滴を与えられて生かされる日々。死んでいるのと変わらねえ、と誰かが惜しむように言っていたが、変わるに決まっている、となまえは思った。

だって、エースがいないのだ。
エースがいないという事実だけがなまえの中を埋めつくし、どうしようもない絶望に襲われ続けている。死んでも死後の世界なんてないかもしれない。エースに会えずに、そこで終わってしまうのかもしれない。それでも、エースがいない事実を思い知らされ続ける毎日を過ごすことより、よほどいいように思えた。

「なまえ、なんで死のうとするんだよい」

何日かに一度は訪れるマルコは、悲しみと苦しみを背負いながら毎回訊ねてくる。

「これ以上家族をなくしたくねえんだよい……」

マルコの感傷は、なまえの心を揺らすことはない。
なまえにとっては、ほんとうに、エースが全てだったのだ。

無理矢理生かされながらも、生きる気力のないなまえは段々と衰えていった。朦朧とした意識の中で、なまえは白い空間に降り立った。夢か何かかと頭をかくなまえは、そこでエースと再会したのだった。

今回で何度目の逢瀬になるだろう。眠っても眠っても、エースはなかなか姿を現さなかった。
エースがいなくなってから初めての再会はなまえが死にかけた時だった。甘えんなと叩き出されて、生き返ってしまった。次にわざと体調を崩してもエースは現れなかった。
二度目の再会は、試行錯誤のうえになまえの体調が回復し、船医に誉められた翌日だった。

元気に暮らしてたら会いに来てやるよ。

そう笑うエースに会うために、なまえは健康的な生活を心がけた。元の状態に体調を戻していく度に、マルコらは喜んだ。エースは滅多に会いに来てくれなかったが、それでも定期的に現れては、なまえの回復を喜び、マルコらの心配が減ることに安堵していた。

なまえの生きる目的が、エースに会うことになった。一度夢の中でエースに会えると誰かに言えば、心の病を心配されたので、それ以来口にすることはなくなった。なまえだけが知っていればいいと思った。エースを独り占めしていると思えば贅沢だった。

「ほんとはよくねえんだけどな」

なまえと過ごしながら、エースは苦々しげに告げた。何がよくないのか、なまえにはよくわからなかった。エースに会える、それだけで震えるほどに幸福だった。
エースとの再会はまちまちで、会えない日々が続けば、不安に涙が滲んで止まらなかった。死んでもおれには会えねえよ、というエースの言葉を信じて辛うじて生きてきたなまえは、会えない苦しみが続くなら死にたいとさえ思うようになった。


箱庭のような白い空間で、なまえは一時の夢を見ていた。
この夢がいつか醒めることを、どうしようもなくおそれているのだった。




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