部誌5 | ナノ

箱庭に降る夢



なまえは水槽の中に住んでいた。水槽というのは、人間を培養するための培養槽で、中身は養分で満たされている。なまえの身体のどこが悪かったわけはない。なまえが好き好んで入っていたわけでもない。ただ、そこに住む、ということが決まっていたのだ。
この水槽に入ったのはたしか、なまえが5歳になった頃だったが、それ以前の記憶をなまえが持っているわけではない。多分、綺麗に消されてしまった。
なまえが、何か、感情や記憶や、人間的なものを持っていると困るから、というのが理由だろう。
それを、なまえは夢の中で知った。
なまえは夢を渡ることができる。人の夢を渡り歩いて、その記憶を読むことが出来た。その中で、本を読む。記憶力の良し悪しが人にはあって、ページが空白になっている本が多い。時々、隙間なく埋められている本が詰まった夢がある。そんな夢に通って、いろんな本を読んだ。
そうして、なまえは世界を知った。

「あー、良い天気だなァ、な? これは、そういう表現をするんだろ?」
そう、話し掛けてみたものの、答える相手など居るはずもない。だって、なまえがすべて沈黙させてしまった。殺してしまったつもりはないが、いかんせん手加減できている自信はない。ひょっとして死んでしまったかもしれない。でも、それはそれで、なまえはそれを自業自得というのだと思っていた。
「うん、だってさ、キミらは僕から全部奪っていくんだもんね」
そう言いながら、なまえは真っ青な空を見上げた。奇跡に近い。そう、これは奇跡だ。なまえがこうやって歩くことができる事も、声を発することができる事も、素手で、コンクリートどころか鉄骨を砕くことができる事も、全部奇跡だった。
「これを、祝福と呼ばずしてなんて呼ぶんだろう!」
なまえは太陽に向かってそう言った。

外に出たい、とずっと、ずっと思っていた。
水槽の中で培養される、と言うのは、生命維持に必要な以上の身体能力を奪われる、ということだった。夢の中を歩きまわる事で、消された分の知識を拾い集める事が出来たが、それ以上のものを得られたわけではない。
むしろ、ずっとここで生きるというのならば、こんなこと知らないほうが良かったかも知れない。
それでも、外に行きたかった。
空だって見たいし、海だって見たい。星だって見たいし、月だって見てみたい。鳥だって見たいし、何より、何よりも、会いたい人がいた。
いつ決めたかは覚えていなかった。
でも、外に出て、たった一人に出会うなら、この人にしようと、なまえは決めていた。

「あああああああああいたかったあああああ!!!!」
そう言って抱きつこうとした人影がいきなり消えた。地面と水平に飛んでいたなまえはそのまま慣性の法則に従って飛び、重力に従って地面をスライドした。
ごごごっと奇妙な音を立てて地面を削りながら転がって、なまえは抱きつこうとした人影を探す。
「……な、なんで逃げるんだよ!受け止めてよ!」
なまえがそう言いながら頬をふくらませると、つるっつるの頭をした男が、誰だお前、と難しい顔をする。
「……あっ!そっか!そうだね!俺のことを貴方は知らないんだった!!忘れてた!」
跳ね起きるようにして正座をした上で、なまえははじめまして、と片手を上げる。
「俺はなまえって言います。俺は、サイタマさん、貴方に会いに来ました!」




prev / next

[ back to top ]


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -