部誌5 | ナノ

放課後の教室にて



赤葦京治は元来静かな性質である。穏やかというわけでもないし、無表情というわけでもないけれど、表出する感情の振り幅が非常に狭いのだ。冷静というよりテンションが低い。けれどなぜか彼の周りには賑やかな者が集まるのだった。それは木兎を始めとしたバレーボール部の面々だったり、赤葦の容姿と諸々がお気に召したらしいミーハーな女子たちであったりしたが、今日は普段に輪をかけて騒がしかった。

「赤葦くん、お誕生日おめでとう」

朝練を終えて教室に入るなり、赤葦を取り囲んだ女子たちは、はしゃいだ様子で皆同じ言葉を口にした。それは既に朝練の最中にさんざん贈られた言葉であった。部活の面々にハッピーバースデーと言われるのと違うのは、彼女たちから誕生日を祝われても、大して嬉しいとも思わないこと。
女子たちに適当に相槌を打ちながら、はやくどいてくれないかな、と女子の頭越しにぼんやり視線を教室の奥に向けると、窓際の席からこちらを見る友人と、ばちりと目があった。
あ、と口を開き、彼の名を呼ぼうとする。けれど、友人は赤葦と目があった瞬間に、慌てて視線を外し、ついにはホームルーム前だというのに教室から出て行ってしまった。赤葦はしばしば「赤葦くんってクールだよね」と言われるその視線で彼を追い、誕生日の朝だというのに盛大なため息をついた。

なまえは一年二年と連続して同じクラスになった数少ないクラスメイトで、バレー部以外では一番親しくしている友人だった。感情と表情が直結していて、よく笑い、よく怒り、そしてまた笑う、忙しい奴だ。騒がしさなら木兎とも張り合えるだろう彼は、身長が低いのがコンプレックスのようで、赤葦と二人で凸凹コンビと揶揄される度に、せめて170cmは越えてやるんだときゃんきゃん吠えていた。
そんな彼に告白されたのは、つい三日前のことである。告白というのは、主に男女の間で交わされる、恋愛感情を対象に伝える行為の、あれだ。放課後の教室に呼び出された赤葦を待っていたのは、いつになく神妙な顔をした友人で。

「おれ、赤葦のことが好きだ」

そう言われても、赤葦は「はぁ」と間抜けな言葉しか返せなかった。好きというのは、そういう意味の好きなのか。つまり――

「なまえ、俺と付き合いたいの?」

飾らぬ物言いに、見下ろすなまえが肩をびくりと震わせ、唇を引き結んで頷いた。一世一代の告白、決死の覚悟。今までも何度か女の子に告白されたことはあるが、こんなに思い詰めた顔の子は初めてだ。ましてや相手は友人だと思っていた男。
すぐに返事はできない、となまえに伝えた。なまえも納得した様子でもう一度頷いたあとに「ごめん」と呟いた。その言葉に僅かな違和感を抱いたときには、既になまえは教室から飛び出していったあとだった。

昨日一昨日と学校を欠席していたなまえは、やっと登校したというのに授業が始まっても教室に戻ってこなかった。教科書は机の中、登下校用のリュックは机の横に引っかかったままだから、帰宅はしていないようだが、赤葦はどうにもその空席が気になってしまった。赤葦の席は運悪く最後列にあり、否応にも視界になまえの席が入ってしまう。
なまえは一ヶ月も前から12月5日は赤葦の誕生日だと落ち着きがなく、俺より先に17歳になるのはずるいだの、プレゼントは期待していろだのうるさかった。というのに、いざ当日に姿を見せないというのはどういうつもりなんだと、赤葦は授業中、そして放課後まで苛々を持て余していた。

「赤葦ィー、顔怖すぎ! あっ、今朝パイ投げてハッピーバースデーしようとしたのまだ怒ってる!?」
「……怒ってません」

ヘイヘイ、とウザがらみしてくる先輩をいなしながら、赤葦は滴る汗をタオルで拭う。まだ夕方といえる時刻だというのに、すでに外は真っ暗である。結局部活にも集中しきれていないせいで、練習中にもミスを重ねてしまっている。休憩時間になるやいなや木兎がこちらに駆け寄ってきたのも、彼なりの心配なのだろう。

「すみません、ちょっと気がかりがあって」
「フーン……あっ! 恋の悩みか!」

汗を拭く動きが止まる。僅か一秒の動揺も、このエースは見逃さない。

「うそだろ、図星かよォ! なになに、告白されたのか、それともしたのか!?」
「…………された、んですけど」

煮え切らない赤葦の様子に、木兎は何事か察したらしい。突然神妙な顔つきになり、ぽんぽんと肩を叩いてくる。ふざけた仕草ではあるが、茶化す雰囲気は微塵もなく、後輩の苦悩を真摯に受け止めていることが理解できた。

「赤葦くんよ。誰かに想われるというのは、嬉しいことだなあ」

「……はあ」
「悩んでるってことは、まだ返事してないんだろ? 断る理由がないなら、付き合わない理由もないんじゃないか?」

レンアイなんてそんなもんだろ、と白い歯を見せて笑う脳天気なエース。きっと直感のままに紡がれているだろう言葉は、いともたやすく心に浸透する。

「ところで赤葦、こんな時間だというのに、君のクラスの電気がまだついているゾ。もしや好きな男の子に誕生日プレゼントを渡し損ねた女の子なぞが残っているのではないかね」

木兎に指摘され、体育館の窓から校舎を見れば、確かに二年の教室が一つだけ電気がついたままである。きっとなまえだ。根拠もないのに、そう告げる直感のままに、赤葦は体育館を飛び出した。
彼に伝える言葉はまとまらない。けれど、このまま避けられ続けるなんてまっぴらだ。ついでに一番祝われたい人間におめでとうと言われない誕生日なんて、寂しすぎるじゃないか。




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