部誌5 | ナノ

そう言って君は、



そう言って君は、

「そう言って君は、僕には何も言ってくれないんですね」

 そう言った彼は、なまえの幼馴染だった。幼馴染のなまえは黒子テツヤといって、帝光中学校のバスケ部でキセキの世代の6人目と言われている男だ。テツは人より影が薄く、有名になることはないだろうと思っていたのに随分と成長したようだった。そんな彼が、小学校の卒業式に言った、どこか諦めたような、それでいて傷ついた目をしたテツの顔をなまえは今でも忘れることができなかった。



 テツがそう言った言葉の原因が自分にあるのはわかっている。なまえとテツは幼馴染で、どんな些細なことも打ち明ける仲だった。親友という関係が一番合っていたかもしれないが、なまえがテツに恋心を抱いた時、その関係も壊れてしまったと、なまえは思っている。

 もちろん、表向きにはずっと親友同士だった。なまえはテツとずっと一緒にいたし、今までとそう変わりはなかったが、好きな相手と一緒にいて、なまえが冷静でいられる筈がなかった。たった小さなスキンシップでもドキドキしたし、触りたいとも思うようになった。そんな想いを抱えて冷静でいられるほど、なまえは大人ではなかった。

 テツが好きだと気付いた切っ掛けは特に覚えてはいないが、ただ、影が薄くて人に見つかりにくいテツを一番に見つけるのはいつだってなまえだった。だから、ほんの少しだけ、テツを見つけられるのはなまえだけだという優越感を味わっていたのは間違いじゃない。人より影の薄いテツを見つけて、テツの名前を呼んだ時に向けるテツの嬉しそうな顔が、なまえはとても好きだった。なまえだけに向けられる、なまえの為の顔なのだと思っていた。

 だからと言って、テツがなまえに恋愛感情を抱いていると思うほどなまえは自意識過剰ではなかった。テツは優しい。なまえがテツに甘えると言葉に若干の冷たさを孕みながらも甘やかしてくれたし、怒る時は本気で怒ってくれた。それが原因で喧嘩することもあったけど、テツとなまえの関係は友達の域から出ることはない。キスがしたいだとか、触りたいだとか、性的欲求を向けるのはいつだってなまえだけで、テツにとってなまえがそんなことを思っているだなんて露にも思わなかっただろう。当たり前だ、なまえとテツは友達同士なのだから。


「なまえ君、何か悩み事でもあるんですか?」

 小学校の帰り道、見慣れた通学路を進みながらテツはなまえに問いかけた。その顔に心配の色が映っていたが、なまえはとっさに否定した。テツに向ける恋心は、テツにだけは気付かれたくはなかったからだ。

「なんだよ、急に」
「いえ、そんな気がしただけです」

 どこか腑に落ちなさそうなテツに悪いなと思いつつも、なまえは言うつもりはなかった。今まではずっと、テツもなまえも、お互いどんな小さな悩み事でも打ち明けていたが、なまえが恋心を自覚した時からなまえはテツに嘘をつくようになった。たった小さな嘘ではあるが、もう数えきれない位の嘘を、なまえはテツについている。

「……もし君が何か悩んでいるなら、僕に教えてくださいね」

 僕も一緒に考えます、とテツは言った。そんなテツを優しいなと思いながら、なまえは小さく頷くだけで、きっと打ち明けることはないだろうなとぼんやり考えていた。なまえにとっての悩み事はテツに関することだけだ。さすがにテツ本人に打ち明けてしまうほど、なまえは馬鹿ではなかったし、言える筈もない。

 なまえはテツとずっと一緒にいたかった。だけど、恋人同士になりたいとは思わなかった。もちろん、なれたらいいなとは思うけれど、何より同性であるし、なまえの想いをテツに押し付けたいとは思わなかった。ずっと、友達。いつまでも、友達。これから先、何があってもなまえとテツは友達同士。なまえが望まなければ、その関係は保たれる。ずっと傍にいるために、なまえは嘘をつき続けた。




 小学校の卒業式。胸に小さな花を飾りながら歩きなれた最後の通学路をテツと並んで歩く。テツとこの光景を見ながら帰るのも最後だと思いつつも、来月からは一緒に新しい通学路を並んで歩くのだろう。

「終わっちゃったな、小学校」
「そうですね」
「まぁでも、テツも公立中学校なんだろ?また一緒のクラスだといいな」

 小学校の時はテツと一緒のクラスになれたのは最後の二年間だけだった。中学校になると友達も増えて、今より交流が広くなるのは予想はしていたが、できることならなまえはテツと一緒のクラスになりたかった。

 なまえの言葉を聞いて、テツはぴたりと足を止める。

「なまえ君。……君には言えませんでしたが、僕は君と同じ中学には行きません」
「え?」
「僕は私立の帝光中学校に行きます」

 テツの言葉を聞いて、なまえも足をとめた。テツは冗談が嫌いだ。だから、言っていることは本当なのだと頭ではわかってはいたが、信じたくはなかった。だって、テツは今まで一言も、そんな事を言ってはいなかった。

「なんだよ、それ……俺、聞いてないんだけど」
「今言いましたから」
「……なんで言ってくれなかったの」

「……少しだけ、僕は自分自身で賭けをしてたんです。なまえ君、君が何かに悩んでいるのは気付いてました。でも、何に悩んでいるのかはわからなかった。僕は君を親友だと思ってますし、今まで些細な事も言い合ってきましたから、いずれ打ち明けてくれるだろうと思っていました。……でも、君は打ち明けてはくれなかった」

 テツは少し悲しそうだった。成長するにつれ、お互い言わないことがあったのはわかっている。なまえなど、テツに言わないことだらけだったが、テツに対する想い以外は言ってきたつもりだったが、テツにはそう思わなかったのだろう。一度隠してしまえば、すべて隠されたような気分になったのかもしれない。なまえはそのつもりではなかったけれど、隠してきたのはなまえで、最初に隠したのもなまえだった。

「なまえ君。僕は君に言えなかったことを言いました。なまえ君も、僕に言うことはありませんか」
「……テツ」

 なまえは唇を噛み締める。言えるわけがない。言える筈がなかった。なまえはテツとずっと友達でいたかったし、何よりこんな形で告白などしたくなかった。

「……ごめん、テツ」

 謝る事しかできないなまえをテツはため息を吐いた。 

「……そう言って君は、僕には何も言ってくれないんですね」

 どこか諦めたような、それでいて傷ついた目をしたテツの顔をなまえは初めて見た気がした。そんな顔をさせたのはなまえだ。もしかしたら打ち明けてくれるかも、という思いがテツにはあったのかもしれない。だけど、なまえは打ち明けることが出来なかった。

「……少し焦りすぎました。でも、いつか打ち明けてくれると嬉しいです」
「うん……ごめん」

 謝らないでください、とテツは言う。その日はそれがテツと最後に交わした言葉で、家が隣通しの二人はその後、話をすることはなかった。




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